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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題186 御宰籠
186 ごさいかご
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十六卷 お長屋碁會」 同光社
1954(昭和29)年6月1日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1948(昭和23)年9月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-12-06 / 2017-03-04
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「困つたことがあるんだがな、八」
 よく/\の事でせう、錢形平次は額に煙草を吸はせて、初秋のケチな庭を眺めるでもなく、ひどく屈托して居るのです。
「なんです、大概のことなら、あつしが引受けて埒を明けますよ、女出入りとか、借金の云ひ譯とか、いづれそんな事ぢやありませんか」
 日に一度づつはやつて來るガラツ八の八五郎、今日は新聞種のない手持無沙汰を、庭口から長んがい頤を覗かせて歸らうとすると、珍しく平次に呼び留められて、斯う屈托を聽かされたのです。
「馬鹿だなア。女出入りは柄にないことだし、借金の云ひ譯なら、やり付けてゐるから立板に水だ、お前のローズ物の智慧なんか借りるものか」
「へエ、あつしの智惠はローズ物ですかね」
「不足らしい顏をするな」
「それにしても、今日は風當りが強すぎやしませんか。額の八の字に、吸口の痕を付けて、一體何がそんなに親分を困らせるんで?」
 八五郎はさう言ひ乍ら、彼岸過ぎの陽の這ひ寄る縁側に、ドタリと腰をおろしました。
「大きい聲ぢやいへねえが、――俺は町方の御用聞だ。大名や旗本屋敷へ行くほど嫌なことはねえのさ」
「物を頼んだ上に威張るから、武家屋敷と聽いただけでもムヅムヅしますよ。こちとらは祿も扶持も貰つてゐるわけぢやねえ、斷わつてしまひませうよ。親分」
 八五郎と來ると、平次に輪をかけた武家嫌ひでした。
「ところが、ポンポン斷わるわけにも行かねえことがある。八丁堀の笹野の旦那が、御南の御奉行所から折入つて御頼みを受け、板挾みになつて居られるのだよ」
「へエ」
 八丁堀の笹野の旦那、即ち與力筆頭の笹野新三郎は、平次に取つては第一番の知己でもあり、恩人でもあつたのです。
「小日向の瀬尾淡路守樣、お前も知つて居るだらう。無役だが、三千五百石の大身でケチな大名ほどに暮して居る、其處の跡取で、金之進樣といふ二十二になる若殿が、昨夜お屋敷裏門外で、自分の刀で刺殺され、その上死骸を下水に叩込まれてゐるのを、今朝になつて町内の者が見付けて騷ぎ出し、あわてて死骸は取入れたが、見た者が二三十人もあるから、人の口に戸は立てられねえ。公儀の御屆は急病死でも濟まないことはあるめえが、是が非でも下手人を搜し出して、相手の身分次第の成敗をしなきや、三千五百石の面目が立たないことになるのだよ」
「成程ね」
「瀬尾淡路守樣は、南の御奉行樣とは御眤懇だ。錢形とやら平次とやらに申付けて、下手人を搜し出して下さるやうにと頼まれて見ると、首を横に振るわけには行かねえ。役目の表にはないことだがと御奉行樣の口移しに、笹野樣から折入つてのお話があつたのだよ」
「へツ、そいつは飛んだ面白い仕事かも知れませんよ。乘込んで行つて、三千五百石の大旗本の屋臺がガタピシするのを眺めるのも洒落てゐるぢやありませんか」
 八五郎は飛んだ人の惡いことを言ひます。
「馬鹿野郎、そんな氣で行つち…

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