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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題204 美女罪あり
204 びじょつみあり
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十六卷 お長屋碁會」 同光社
1954(昭和29)年6月1日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1949(昭和24)年11月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-03-28 / 2017-03-04
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、變な野郎が來ましたぜ」
 ガラツ八の八五郎、横つ飛びに路地を突つきつて、庭口から洗濯物をかきわけながら、バアと縁側へ顏を出しました。神田明神下の錢形平次の住居、秋の朝陽が長々と這ひ上がつて、簡素な調度を照らして居ります。
「何處へ何が來たんだ。相變らず騷々しいなお前は」
 平次はとぐろをほぐして、面白さうなこの注進を迎へました。
「二本差が二人、肥つたのと、痩せたのが、角の酒屋で訊いて居ましたよ――高名なる錢形平次殿の御屋敷は、この邊ではないか――とね、お屋敷は嬉しいぢやありませんか」
 ペロリと舌を出して、所謂平次殿のお屋敷中を一と眼に見渡す八五郎です。
 お靜の手が屆くので、何處から何處まで嘗めたやうに綺麗ですが、座布團二枚、長火鉢が一つ、鐵瓶と茶道具と、そして、そして――、それつきりと言つた、簡素そのものの小市民生活です。
「お城と言はないのが見付けものさ、――いづれお家の重寶友切丸かなんか紛失して、易者の代りに俺のところへ來ると言つた寸法だらうよ」
 そんな話をして居るところへ、
「頼まう」
 などと、權柄らしい聲が聞えて來ました。
 さて、女房のお靜に取次がせて、たつた一間きりの六疊に通されたのは、八五郎が前觸れをした通り、肥つた中老人と、痩せた若い武家の二人。
「拙者は指ヶ谷町に住居いたす、御簾中樣御用人島五六郎樣用人川前市助と申すもの、主人名代として罷り越しました」
「拙者は富坂町に住んでゐる千本金之丞と申す者」
 それは痩せた若い方でした。二人は名乘りをあげて、眞四角にお辭儀をするのです。岡つ引風情に斯う丁寧な挨拶をするのは、いづれ退引ならぬ頼みがあつてのことでせう。
 錢形平次は膝つ小僧を揃へて、相手の出やうを待つ外はありません。
「外ではないが、平次殿。折入つての願ひがあつて、我々兩名わざ/\參つたが、何んと聽いてはくれまいか」
 川前市助が先に口をきりました。よく肥つて、脂ぎつて、鼻が大胡坐をかいてゐる五十二三の眞つ黒な男ですが、調子が卑下慢で、妙に拔け目がなささうで、申分なく用人摺れがして居さうです。
 尤も主人の島五六郎は、大奧の利け者で、祿高三百石、役高五百石、合せて八百石に過ぎませんが、權勢は遙かに數千石取の大身を凌駕し、用人風情の川前市助までが、同行の御家人、少々人間が甘さうではあるが、五十石取の千本金之丞を頤で使ひまくりさうにするのでした。
「――」
 平次は默つて控へました。用件も言はずに強引に引受けさせようと言つた、この味噌摺用人の權柄らしさが氣に入らなかつたのです。
「實は、他聞を憚るのだが――」
 川前市助、部屋の隅に引つ込んでゐる八五郎の長んがい顏を、横眼でジロジロと嘗め廻し乍ら、きり出し兼ねる樣子です。
「その野郎なら御心配なく、――節穴見たいなものを二つ持つて居ますが、何を聽いたつて、人に漏らす氣…

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