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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題187 二人娘
187 ふたりむすめ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十六卷 お長屋碁會」 同光社
1954(昭和29)年6月1日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1948(昭和23)年10月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-12-10 / 2017-03-04
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、お願ひ、一つ出かけて下さい。このまゝぢや、あつしの男が立たねえことになります」
 相變らず調子外れな八五郎でした。飛び込んで來るといきなり、錢形平次の手でも取つて引立てさうにするのです。
「何を面喰つてゐるんだ。俺を拜んだところで、お前の男が立つわけぢやあるめえ、――まア落着いて話せ。金で濟むことか、腕を貸せといふのか、それとも」
 平次は朝飯が濟んだばかり、秋の陽のさす六疊にとぐろを卷いて、のんびりと煙草の烟の行方を眺めて居たのです。
「そんな氣の利いた話ぢやありませんよ。今朝鎌倉河岸の三國屋で變死人があると聽いて驅けつけ、死骸を見ると紛れもない殺しだ。相手は大家だから十軒店の徳次郎親分や、町役人までも渡りをつけ、自害といふことにして葬ひの支度に取りかゝらうとするのを、あつしが一人で頑張つて、其儘にさせて來ましたがね。これが何んの曰くもなかつた日にや、あつしは髷節でも切るか、十手捕繩を返上しなきやなりませんよ。兎に角ちよいと覗いてやつて下さい」
 八五郎は勢ひ込んで一氣に埒をあけようとするので、ツイ唾も飛べば、埃も立ちます。
「尤もお前の髷節は俺が見ても氣になつてならねえよ。自棄にさう左に曲げるのは、何んの禁呪なんだ。――思ひきつてそいつを切つてしまつたら、飛んだ清々することだらう――と」
「つまらねえことを」
 そんな事を言ひ乍らも、平次は手早く支度をして、張りきつた八五郎を先に立てて、鎌倉河岸の三國屋に向ひました。
「ところで三國屋で一體誰が死んだんだ」
 道々平次は事件の外廓線でも掴まうとするのでした。
「親分も御存じでせう、三國屋の二人娘といはれた、お縫とお萬のことを」
「聽いたやうでもあるな」
 鎌倉河岸の横町に、狹くはあるが立派な店を構へた御伽羅之油屋、麹町九丁目の富士屋と共に、公儀御用の家柄で、町人には相違ありませんが、僅か乍ら御手當を頂いて、わけても内福の聞えがあり、十軒店の徳次郎如きでは、同じ御用聞でも一寸齒が立たなかつたのも無理はありません。
「二人とも大したきりやうですよ。尤も二人は從姉妹同志で、お縫は二十歳、お萬は十九。そのうちの一人は、三國屋の養子民彌といふ良い息子と一緒にされて、いづれは三國屋の身上を襲ぐことになつて居るのですが、そのうちの一人が今朝喉を突いて死んで居たんで」
「どつちの方だ」
「お縫ですよ、――此方がお萬よりぐつと綺麗だから變ぢやありませんか、――色白で上品で、透き徹るやうな娘ですよ」
「フ――ム」
「小僧榮吉が、あつしと大の仲良しで」
「向柳原から、鎌倉河岸までわざ/\伽羅の油を買ひに行くのか、お前は?」
 八五郎の思ひの外なるお洒落と、世間附き合ひの廣いには、錢形平次も驚かないわけに行きません。
「そんな事はどうでも構やしません、――その榮吉の使ひが今朝あつしのところへ飛んで來て、お孃さんが殺…

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