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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題212 妹の扱帯
212 いもうとのしごき
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十六卷 お長屋碁會」 同光社
1954(昭和29)年6月1日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-04-19 / 2017-03-11
長さの目安約 34 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、凄いのが來ましたぜ。へツ」
「何が來たんだ。大家か借金取か、それともモモンガアか」
 庭木戸を彈き飛ばすやうに飛び込んで來たガラツ八の八五郎は、相變らず縁側にとぐろを卷いて、寛々と朝の日向を樂しんでゐる錢形平次の前に突つ立つたのです。
「そんなイヤな代物ぢやありませんよ。その邊中ピカピカするやうな良い新造」
「馬鹿だなア、涎でも拭きなよ、見つともない、――お客樣なら大玄關から通すんだ。いきなり木戸を開けて、バアと長んがい顎を突き出されると、膽をつぶすぢやないか」
 口小言をいひ乍らも平次は、煙草盆をブラ下げて、部屋の中へ入りました。平次の所謂大玄關へは女房のお靜が出て、物柔かに女客を招じ入れた樣子です。
 やがて通されたのは、十七八の可愛らしい娘で、八五郎の前觸れほどのきりやうではありませんが、身形もよく物腰しも上品で、何んとなく好感を持たせるところがあります。
「錢形の親分さん? でせうね」
 娘は高名な錢形平次が、思ひの外若いので、暫らくはきり出し兼ねた樣子です。
「俺は平次だが、なにか變つたことでもあるのかえ。大層遠方から驅けて來なすつたやうだが」
 娘の息づかひや、二月の朝といふのに、白い額が心持汗ばんでゐるのを見て、早くもそんなことを訊いて見るのでした。
「巣鴨から參りました。姉が殺されてゐたんです。そして私は縛られさうだつたんです」
 娘心に、この危急を救ふ者は、錢形平次の外にはないと思ひ込んだのでせう。明神樣の近所とうろ覺えを辿つて、往來で道を訊いた何人目かが、向柳原からフラリとやつて來たガラツ八だつたのは、何んといふ運のよさでせう。
「それは大變だ。詳しく話して見るが宜い」
 平次の調子は柔かで深切でした。
「私はあの、巣鴨の梅の屋の者ですが――」
「梅田林右衞門樣のお孃さんでしたか、道理で――」
 平次がさう言つたのも無理のないことでした。巣鴨仲町の梅の屋といふのは、梅田林右衞門といふ御家人上がりで、兩刀を腰にブラ下げて歩く、不徹底な生活に見きりをつけ、故郷の駿府からいろ/\の土産を江戸に運んで賣り擴め、多分の利潤をあげて、一代に何萬といふ身上を築いた男だつたのです。
「父は去年の春亡くなりました。跡取りの姉は、この春には父親の年忌を濟ませて、祝言をすることになつて居りましたが、それが昨夜、人手にかゝつて死にました」
 娘は姉の末期の痛々しい姿を思ひ浮べたものか、我慢の堰を切つたやうにどつと涙が顏を洗ふのです。
「それから?」
「それつきりでございます。庚申塚の寅松親分が來て、ざつと調べたと思ふと、いきなり私を呼びつけるぢやございませんか――私は何んの氣もなく行かうとすると、源三郎さんが留めて、寅松親分は、お前を縛る氣でゐるから、奧へ行かない方が宜い。この儘そつと裏口から飛び出して、神田明神下の錢形親分さんのところへ行つて、お…

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