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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題214 鼬小僧の正体
214 いたちこぞうのしょうたい
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十七卷 猿蟹合戰」 同光社
1954(昭和29)年6月10日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1950(昭和25)年2月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-04-25 / 2017-03-11
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、お早うございます」
「あれ、大層行儀がよくなつたぢやないか、八」
 錢形平次は膽をつぶしました。彌造も拔かずに、敷居際に突つ立つて『お早う』などと顎をしやくる八五郎が、今日は何を考へたか、入口から斯う、世間並の挨拶をして入つて來たのです。
 二月もあと一、二日、彼方此方の花がふくらんだとやらで、江戸の人氣はほろ醉ひ機嫌といふところでした。
「でせう、親分。行儀がよくなつて、親孝行でもすると世間樣の扱ひが違つて來るから不思議で――」
「待つてくれ。親孝行をし度いと言つても、お前には親がないぢやないか、――たつた一人のお袋は、お前のことばかり心配して、五年前に死んだ筈だが」
「親孝行は隣り町の有太郎といふ植木職人の方で――あつしはお行儀の口で行くつもりですよ」
 さう言ひながら八五郎は、キチンと坐り込んで、貧乏搖ぎをして居ります。
「大層なことになるものだな。お前がしびれをきらして居るのを見ると、俺も寢そべつて話を聽いちや、相濟まないやうだな。ところで、どこでそんな結構なことを教はつて來たんだ」
「近所へ越して來たんですよ、――その親孝行とお行儀の先生が」
「親孝行指南所と言つた看板でも出したのか」
「そんなものは出しやしません。唯の御浪人ですよ、梶原源左衞門と言つてね、五十年輩の立派な人だが、ひどく足が惡い」
「それがお前にたき付けたのか」
「お行儀や親孝行をたき付ける奴はありませんよ」
「まア、勘辨しときなよ、俺も親孝行とお行儀は苦手だ」
「その梶原源左衞門先生のところへ、毎日話を聽きに行くことになつたんです」
「お前がかえ」
「あつしの外に同じ路地内に住んでゐる鑄掛屋の幸吉と――親分も知つて居るでせう三十二三の、少し耳の遠い、――それから隣り町の植木屋の職人で有太郎といふ若いの」
「その御浪人のところには、若い内儀か、綺麗な娘が居るんだらう」
「親分はどうしてそれを?」
「そんな囮でもなきや、八五郎や聲の幸吉が、毎日神妙な顏をして、しびれをきらしに通ふものか」
「さすがは親分、天眼通ですね。梶原さんのところにはお歌さんといつて、十八になつたばかりの、新粉で拵へて息を通はせたやうな娘がありますよ」
「まア宜い心掛けだ。止せとは言はないが、俺にまで小笠原流を仕込む氣になるのは勘辨してくれ」
「そんなつもりぢやありませんよ」
「先刻から見て居ると、額に唾を附けたり、足の親指を曲げたり、色々細工をして居るやうだが、行儀をよくするのも樂ぢやないね」
「へエ」
「しびれをきらし乍ら、マジマジと娘の顏を眺めて、日向臭い道話か何んか聽かされる圖は、意氣なもんだな、八」
「冷かさないで下さいよ」
 八五郎は散々の體でした。しびれをきらした足を摩り/\、跛犬のやうな格好で逃げて行く後ろ姿を、平次は腹を抱へて笑ひながら見送つて居ります。
「可哀想に、あんなに八さん…

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