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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題248 屠蘇の杯
248 とそのさかずき
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十八卷 遠眼鏡の殿樣」 同光社
1954(昭和29)年6月25日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1951(昭和26)年1月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-07-14 / 2017-07-17
長さの目安約 46 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、大變ツ」
 日本一の淺黄空、江戸の町々は漸く活氣づいて、晴がましい初日の光の中に動き出した時、八五郎はあわてふためいて、明神下の平次の家へ飛び込んで來たのです。
「何んて騷々しい野郎だ。今日は何んだと思ふ」
 これから屠蘇を祝つて、心靜かに雜煮の箸をとらうといふ平次、あまりの事にツイ聲が大きくなりました。
「相濟みません。元日も承知で飛び込んで來ましたよ――お目出度う御座います。昨年中はいろいろ」
 八五郎はあわてて彌造を拔くと、氣を入れ換へたやうに世間並の挨拶になるのでした。
「――本年も相變らず、――ところで何が大變なんだ。まだ雜煮も祝つちや居めえ、よかつたら屠蘇を流し込んで、腹を拵へながら聽かうぢやないか」
 平次は八五郎を呼び入れると、大急ぎで膳を一つ拵へさせ、長火鉢を押しやつて相對しました。
「さア、一つ――八さんが此家でお屠蘇を祝つて下さるのは、何年目でせう」
 お靜は片襷を外して、そつと徳利を取上げました。夜店物の松竹梅の三つ重ねが、一つは縁が缺けて、
「お、とゝ、と」
 八五郎が號令をかける迄もなく、半分しか酒が注げません。
「お前も此方へ膳を持つて來るが宜い。元日早々立ち身のまゝで、お勝手で殘り物をあさるなんざ、結構なたしなみぢやないぜ」
 客があるとツイ、お勝手で食事をすませるお靜の癖が、平次には氣になつてならなかつたのです。
「成程、そいつは氣が付かなかつた。あつしは縁側の方へ退きませう。日向ぼつこをしながらお雜煮を祝ふのも、飛んだ榮耀ですぜ」
「あら、八さん、そんなにして下さらなくとも」
 お靜も漸く一座に加はりました。半分開けた障子は、手細工の切張りだらけですが、例の淺黄色の空が覗いて、盆栽の梅の莟のふくらみが、八五郎の膝に這つて居るのです。
「ところで、何んだつけ、八五郎が持込んで來た大變の正體は?」
「まだ話しませんよ」
「さうだらう、聽いたやうな氣がしねえ。御用初めに聽いて置かうか、どうせ目出度い話ぢやあるめえ」
「ところが、目出度いやうな、馬鹿々々しいやうな、氣の毒なやうな、可笑しな話なんで」
「何處かの三河萬歳で聽いて來た口上だらう、それは」
「殺しですよ、親分。元日早々縁起でもないが、あつしが見たところぢや、豊島町の大黒屋徳右衞門、確かに殺されかけたに間違ひありません。何しろ杉なりに積んだ千兩箱が頭の上から崩れて來て、屠蘇の杯を持つた、大黒屋徳右衞門を下敷きにしたんだから怖いでせう」
「待つてくれよ、八。元日早々だから、話はでつかい方が目出度くて宜いが、千兩箱は一體幾つあれば杉なりに積めるんだ」
「百とはなかつたやうで」
「千兩箱が百で、中味は十萬兩だ。大黒屋徳右衞門いかに金持でも、それ程は持つて居る筈はない」
「すると、三十もありましたかな」
「心細い算盤ぢやないか――杉なりに積んだ一番下は一體幾つあつた…

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