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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題210 飛ぶ女
210 とぶおんな
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第三十卷 色若衆」 同光社
1954(昭和29)年8月5日
初出「小説の泉」1949(昭和24)年7月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-04-13 / 2017-03-24
長さの目安約 37 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、お早やうございます。今日も暑くなりさうですね」
 御馴染の八五郎、神妙に格子を開けて、見透しの六疊に所在なさの煙草にしてゐる錢形平次に聲を掛けました。
「大層丁寧な口をきくぢやないか。さう改まつて物を申されると、借金取りが來たやうで氣味がよくねえ。矢つ張り八五郎は格子を蹴飛ばして大變をけし込むか、庭木戸の上へ長んがい顎を載つけなくちや、恰好が付かないね」
 平次も充分相手が欲しさうでした。お盆が過ぎると、御用の方もすつかり暇で、八五郎が毎日持つて來てくれる情報も、巾着切や掻ツ拂ひがお職では、平次が出動する張合もなかつたのです。
「今日はお使者ですよ。大玄關から入らなくちや恰好がつかないでせう」
「成程御上使樣のお入りと來たか、そいつは氣が付かなかつた、――待ちなよ、胡坐をほぐして、肌くらゐは入れなくちや、そこで――御上使樣には先アづと來るか、鳴物が欲しいなア、八」
 錢形平次と八五郎は、何時でもかう言つた調子で話を進めるのでした。それはひどくビジネス・ライクではありませんが、洒落の潤滑油が入ると、掛合のテムポが早くなつて、案外要領よく運ぶのです。
「それ程でもねえが、頼んだ相手が惡いから、親分は素直に聽いちや下さるまいと思つてね、ツイ格子を開けるんだつて、小笠原流になるぢやありませんか」
 八五郎は首筋をポリポリと掻いてをります、餘程切り出し兼ねたのでせう。
「大層氣が弱いんだね、遠慮はいらないから、眞つ直ぐにブチまけなよ。どうせ御大身が召し抱へて下さる氣遣えはねえ」
「藥研堀の石崎丹後樣なんですがね――それ、ね。親分はあんまり良い顏はしないでせう」
「八五郎ぢやねえが、俺も生れつき二本差と田螺和は嫌ひさ、ことに石崎樣と來ちや苦手だね」
 かつての堺奉行、俸祿千五百、役高を加へて三千石の殿樣でしたが、面白くないことがあつて御役御免になり、そのまゝ江戸に引揚げで、無役の閑散な日を送つて居ります。
「ケチで高慢で、口やかましくて、西兩國の唐辛子と言はれた殿樣だが、困つたことに叔母が世話になつてゐる大家の親爺が、石崎家の用人と眤懇だとやらで、錢形の親分を連れてきてくれと、たつての頼みだ」
「何があつたんだ」
「紛失物ですよ。身にも家にも代へられない寶だが、世間へ知れると殿樣のお名前にも拘はる、そつと取戻してくれたら、褒美の金は百兩」
「馬鹿野郎ツ」
 平次はツイ怒鳴りたくなりました。夕立雲のやうな憤怒が、ムカムカと込み上げたのです。
「小判で百兩ですよ、親分」
「小判だつて青錢だつて、百兩に變りはねえが、俺はそんな仕事は嫌ひだよ」
「でも」
 八五郎は押し返しました。百兩といふ金があれば、半歳溜めた家賃を拂つて、女房のお靜に氣のきいた袷を着せて、好きな國府の飛切りを、尻から煙が出るほどふかしても請け合ひ九十七八兩は殘る勘定だつたのです。惡いことを大眼…

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