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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題319 真珠太夫
319 しんじゅだゆう
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第三十四卷 江戸の夜光石」 同光社
1954(昭和29)年10月25日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1954(昭和29)年4月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-02-01 / 2017-03-04
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 江戸の閑人の好奇心は、途方もないところまで發展しました。落首と惡刷りと、グロテスクな見世物が、封建制の彈壓と、欝屈させられた本能の、已むに已まれぬ安全瓣だつたのかも知れません。
 錢形平次のところへも、夥しい忠告と、皮肉と、當てつ摺りと、中傷の手紙が舞ひ込みます。それを一々取合つても居られないのですが、中にはどうかして、思ひも寄らぬ事件に發展するものもないではありません。
 栗唐一座の、眞珠太夫の噂も、近頃平次の注意を惹いた一つでした。何しろ、善惡共に滅茶滅茶の評判です。惡口の方は、商賣敵の陷穽にきまつて居ますが、漠然と江戸中に擴がつた、眞珠太夫の人氣も大變なものです。これだけの人氣をたつた三月くらゐの間に掴んだのは、切支丹の魔法使ひではあるまいか、と飛んだことを言ふあわて者もあつた程です。
 眞珠太夫といふのは、泰西のヴイナスの傳説のやうに、越中の國で蜃氣樓を吐く大蛤を見付け、磯へ引あげて一と晩砂濱へ置くと、中から、玉のやうな女の兒が生れたといふのです。
 長ずるに從つて、それは美しくも悧發にもなりました。琴棋書畫いづれもおろそかなものはなく、わけても、踊りと唄は習はざるに體得して、これが、大變な魅力になりました。
 長く信州の山の中に隱れてゐたのが、この正月江戸へ出て來ると、たつた三月の間に、氣の早い江戸つ兒を、すつかり捕虜にして了ひ、最初は町々の寄席を歩いて居りましたが、凄まじい人氣に押しあげられて、三月になると兩國に小屋を借り、『娘手踊栗唐一座』といふ大看板を掲げてしまひました。
 あんまり評判が凄まじく、それに伴ふ中傷も多くなつて、捨て置き難い有樣になつたので、平次は到頭八五郎を檢分にやる氣になりました。そんなことはまた、好きで/\たまらない八五郎です。
 少し遲れた櫻が、三月になつても蕾がふくらみかけただけ、閏月を控へて、お祭騷ぎの好きな江戸つ兒達は、花を待つのがもどかしさうでした。
 それから三日、恐ろしく手間取つて八五郎が歸つて來ました。
「親分、今日は。御無沙汰いたしました」
 手拭を肩から外して、それで埃だらけの足でも拂ふのかと思ふと大違ひ、押し頂くやうに、月代を撫で廻す八五郎です。
「御無沙汰過ぎるよ。兩國へひとつ走りのつもりでやつたのは三日前だぜ」
「相濟みません。念入りに調べたもので」
「越中の國まで行つて、大蛤でも調べたのか」
「そんなわけぢやありませんがね。何しろあの眞珠太夫の人氣には驚きましたよ」
「お前もその魔法に掛つて、三日も金縛りになつたんだらう」
「へツ、魔法とやらに掛り度えくらゐのもので――取つて十八といふんだから、まだ本當に小娘ですが、その綺麗なことと言つたら」
「涎を拭けよ、八」
「相濟みません。噂をしてこれくらゐだから、眞物を見ると氣が遠くなつて、唄を聽いたり踊りを見たりすると――」
 八五郎の語彙には…

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