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七月の水玉
しちがつのみずたま
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「七月の水玉」 文藝春秋
2002(平成14)年6月30日
入力者八巻美恵
校正者高橋雅康
公開 / 更新2012-02-09 / 2014-09-16
長さの目安約 229 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

[#ページの左右中央]


彼女が謎だった夏



[#改ページ]



 教授の研究室のドアは開いていた。立ちどまった彼は教授の名を呼んだ。部屋のなかからいつもとおなじおおまかな返事があった。彼は研究室に入った。いくつもの本棚や書類キャビネットで部屋の壁はすべてふさがれ、残ったスペースのいっぽうに教授のデスクがあり、もういっぽうには三つ揃った肘かけ椅子が配置してあった。教授はそのひとつにすわり、その隣の椅子には長身にスーツ姿の年配の男性がいた。
「ああ、きみか」
 と教授は言い、あいている椅子を片手で示した。彼はそこにすわった。クッションは深く沈み、膝よりもずっと低い位置に尻が収まった。
「新聞社にいる卒業生から、アルバイトの学生を求められた。適性によっては入社してもらいたいから、その可能性のある学生を、という注文だった。ふと頭に浮かんだのが、きみだ」
 柔和な笑顔でいた年配の男性が、
「適性とはなにかね」
 と、訊いた。
「人の言うことを素直に聞き、よく働くことでしょう」
 教授はそう答えた。
「そりゃ大変だ、だいじょうぶかい」
 原田裕介に顔を向けて、年配の男性が言った。
「新聞社は嫌か」
 教授にそう訊かれた原田は、
「まったくそんなことはありません」
 と答えた。
 部屋の外に人が来た。男の声が教授を呼んだ。
「いまいきます」
 と教授は言い、椅子を立ち、
「すぐに戻ります」
 と年配の男性に言い、足早に部屋を出ていった。
「写真科の学生かい」
 男性が訊いた。
「そうです。来年は卒業です」
「どうだい、写真は」
「被写体しだいです」
 原田の返答に年配の男性は、
「ほほう」
 と言い、笑顔の柔和さを深めた。その笑顔にあと押しされた原田は、
「そこにあるものしか写真には撮れませんから」
 と言った。
「ほほう」
「被写体は僕とは関係なしに、すでにとっくに出来上がってそこにあり、写真機を持った僕がたまたまそれと遭遇し、なんらかの魅力を感じて写真に撮ります。魅力を可能なかぎりその魅力のとおりに、人に伝える手段が写真です。魅力とは、どんなことにせよ、なにかを人に訴えかける力、ということです」
「そんな被写体が見つかるかい」
 そこへ教授が戻ってきた。椅子にすわりなおした彼に、
「写真談義だよ」
 と、年配の男性は言った。
「被写体はとっくに出来上がっている。たまたまそれに遭遇して魅力を感じる。その魅力をそのままに人に伝えるために、それを写真に撮る。だから写真は被写体しだいだと、きみの学生はそう言うんだ」
「彼がそう言ったのですか」
「言ったよ」
「なかなか正解じゃないですか。先生でも彫刻を制作するとき、モデルを使うとしたら、そのモデルは写真家にとっての被写体のようなものでしょう」
「教授の言もまた正解だね」
 教授はその男性を片手で示し、
「彫刻家の長…

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