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歳棚に祭る神
としだなにまつるかみ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆17 春」 作品社
1984(昭和59)年3月25日
入力者門田裕志
校正者阿部哲也
公開 / 更新2013-01-25 / 2014-09-16
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

歳棚に祭る神

 いわゆる三が日の本当の正月に対して、十五日を小正月と呼ぶ地方は多い。或は一方の年越を大年といい、小正月を特に若年という場処もある。そうして若木若餅の如くワカの名のつく行事が却って多くはこの方に伴なうのである。また小正月にも三が日五が日を算える例がある。十四日から二十日の骨正月までを、注連の内とした痕跡もある。十六日などは殊に大切な日であった。だから現在の松の内を、後に定まったもので無いかと思うのである。
 盆と正月と、一年を二季に分けながら、片方は六か月半、他は五か月半で節季の来るのも変ではあるまいか。その癖盆と正月には今でも一対の儀式が色々ある。盆礼と称して袴をはいて廻礼するのは、必ずしも仏様を拝みに来るので無かった。踊とか綱引とかは現在は遊戯だが、それでもまだ方式が守られている。それが盆に行う土地と正月の十五日にするものとが入交っているのである。春と秋との最初の満月ということが、恐らくはこの共通を見る理由だろうと思う。そういう中にも殊によく似ているのは盆の精霊棚と正月の年神棚との飾り方で、家の者がこれに仕える手続きから、特定の植物を採って来て結び付ける点まで一致している。もちろん現在は一方を福の神の御座の如く、他を御先祖の陰気な霊を迎えるものに解しては居るが、これは秋の祭だけを僧侶に指導させた結果であって、盆という語が採用せられてから変ったのである。盆は仏教に説く所では寺に供物を送ることだ。ゆえにもし盆の儀式がこの名前と共に始まったとすれば、手本があるわけだが実は日本の自己流である。
 何か必ず隠れたる理由があることと思うのは、盆でも正月でもその臨時の棚の一隅に、ミタマサマヘの供物として別に三角に結んだ十二の飯を上げることである。
 ミタマは精霊のことでなければならぬのだが盆の方では既に主賓を家の仏様としているから、これを餓鬼だの三界万霊だのと名づけて、招かざる御相伴の食客の如くいう地方が多い。それでは年神棚のミタマの方が一段と説明が付かなくなる。そこで全体一年に二度ずつ、昔から家々を訪ねて来た神様は、たれかという間題が起って来る。福の神かと思うと夷大黒の祭は別にする。歳徳神と名づけて弁天様の如き、美しい女神を想像する者もあるが、古風な東北の田舎などで、正月様と称して迎えたのは、高砂の能に出るような老男と老女で、左義長の煙に乗って還って行く姿が見えるなどともいった。暮の寒い風がぼうぼうと吹くころに、
正月様どこまで
何とか山の下まで
などと待ち兼ねて子供たちが歌っていたのは、やはり家々の元祖の神霊であって、それが無数のミタマサマを引率して、著しい季節のかわり目には我々の家庭に新たなる精力を運び込むものと、昔の人たちは考えていたらしいのである。

年男

 だから春を迎えるという家々の準備には、一通りならぬ謹慎があった。衣服も食物も共に皆…

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