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探偵小説と音楽
たんていしょうせつとおんがく
作品ID54837
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「野村胡堂探偵小説全集」 作品社
2007(平成19)年4月15日
初出「音楽之友」1947(昭和22)年10月
入力者ばっちゃん
校正者阿部哲也
公開 / 更新2014-01-17 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 近代探偵小説に一つの型を与えた、コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」は、あの苛辣冷静な性格に似ずヴァイオリンをよくし時には助手のワトソン博士に一曲を奏でて聴かす余裕があり、緊迫した空気の中で、トスカニーニの指揮するモーツァルトに興味を持ったりしている。
 たったこれ丈けのことであるが、音楽を知り、音楽に親しみを持つということが、シャーロック・ホームズを、どれだけ我々読者に親しませるかわからない。しかもそれは決して付け焼刃ではなく、あの明哲冷厳なホームズが、心から音楽を愛する態度が沁み出して、ほほ笑ましきものをさえ感じさせるのである。作者コナン・ドイルに、並々ならぬ音楽に対する愛情があるからであろう。

 ヴァン・ダインは私の好きな作家の一人だが、その出世作「カナリア殺人事件」の重大な詭計は、ベートーヴェンの第五シンフォニー第二楽章アンダンテのレーベルを貼ったレコードに針を落すと、暫らくの間は音楽も何んにも聴えず、唯針音だけを立てて廻って居るが、レコードの最後に近くなって、突然恐怖に充ちた声で「助けてエ、助けてエ」と女の甲走った声で絶叫し、続けて「いいえ、何んでもないの、大声なんか出して悪かったわねエ、どうか続けて頂戴、心配なさらなくても宜いワ」と殺された女の声で続けるところがある。このレコードに吹込ませた女の声が、明察のヴァン・ダインをさえ、最後まで迷宮に引摺り込んでいたという筋で、その探偵小説的構成の精緻さは、まさに響歎すべきものであるが、厳格に言えば、此素晴らしい詭計にも、レコードの製作工程に対する、説明を欠いて居るという非難は免れない。
 詳しく言えば、殺された女の声をワックスにレコードと、それを厄介な工程を屡々プレスするということは、素人業では出来ることでは無く、レーベルを印刷して貼付するだけでも、犯罪発覚の端緒にならずには済まされないだろうということである。百歩を譲ってこのレコードが、素人の吹込などに利用している簡単な録音盤だとしても、第五シンフォニーのレーベルの貼付は六づかしく、糊や膠で貼った位では、これはヴァン・ダインの慧眼を誤魔化せるものでは無い。

 近頃の人気作家エレリイ・クイーンには、ピアノの象牙の鍵の間に小さく畳んだ密書を隠して、そのピアノを弾く者に発見させるように仕向けた、味の細かい詭計を用いた小説がある。併しこれは直接音楽と関係のある筋ではなく、その位の事なら、まだ他にも沢山あるだろうと思う、例えばヴァイオリンの胴の中に、密書や宝石を隠したという筋などは私の知って居るだけでも二つや三つでは無い。
 楽譜を暗号に使用した実例は、第一次欧州大戦の頃から、決して珍らしいものでは無いと言われて居るが、探偵小説に応用したもので、すぐれた例を私は一つも知らない。実例から言っても、疑わしい楽譜を読んで見て、それが音楽になって居なければ、…

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