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涙香に還れ
るいこうにかえれ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「野村胡堂探偵小説全集」 作品社
2007(平成19)年4月15日
初出「巌窟王 上巻」愛翠書房、1948(昭和23)年11月
入力者ばっちゃん
校正者阿部哲也
公開 / 更新2014-01-23 / 2014-09-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 江戸川乱歩氏が盛んに売り出そうとしている頃、それは確か関東大震災の翌年あたりであったと思う。報知新聞の応接間で初めて逢って、私は「面白い探偵小説を書こうとするなら黒岩涙香を研究すべきではあるまいか、今の人は涙香を忘れかけて居るが、この人の話術は古今独歩で、筋を面白く運ぶこと、人物を浮出させること、複雑な事件を書きこなして行く技倆に至っては、全く比類もないものである」と話したことがあった。
 江戸川氏もその頃既に涙香研究に着手していた相で、その前後から文壇の一隅に、涙香研究と涙香の著書蒐集が盛んになり、木村毅氏、柳田泉氏、横溝正史氏などそのうちでも有名なものであったが、一方若い探偵作家の仲間にも、涙香熱が高まり、一時「涙香の書くような悪人が書けたら」ということが、探偵作家の一つの通り言葉になった時代さえあった位である。
 その後太平洋戦争の真っ最中、筆を執ることさえ稀になった私と江戸川乱歩氏は、自分の持って居る涙香の著書の目録を見せ合って、互に重複したものを交換し合い、騒がしい世の姿とかけ離れて、静かに涙香物の醍醐味に没頭し、箇中の境地を楽しんだことは、個人的な思い出ではあるが、まことに忘れ難い記憶である。
 私が涙香に興味を持ったのは十歳位の時であった。最初に読んだのは「如夜叉」で、次は「非小説」、それから「死美人」であったと思うが、生意気盛りになって硯友社畑の小説などに興味を持ち、暫くは涙香と遠ざかって文学青年らしい考え方へと、分りもしない癖に、難かしいものを有難がるように慣されてしまった。
 併し、今にして考えると、あれほど天下を風靡した硯友社の作家の中で、歴史的意義は別として、読物として、又は文芸作品として、後世に遺るものを書いた人が果して幾人あったであろうか。当時文壇の埒外に通俗作家として取残されて居た涙香の作品は、五十年六十年を隔てた今日でも、些も昔の清新さを失わず、再読三読して感歎を新にするに反して、これは誠に皮肉な時の批判と言わざるを得ない。
 その後私は駆け出しの新聞記者として、晩年の大記者黒岩先生に幾度か親炙し、再びその作物の魅力に引ずられ、三十幾年の長い間、甚だ不熱心乍らも研究と蒐集を続けて来た積りである。
 涙香こそは大衆小説中興の祖であり、尽きざる興味の源泉である、半世紀の歳月を閲して、少しの古さも感じさせないというのは、――いや多少の古きは感じさせたにしても、その古さに依って一種のなつかしさと、威容と、そして古典的の美しさを添えるということは、天才の仕事の有難さでなくて何んであろう。
 この度愛翠書房が涙香の著作約六十の長編の中から、最も今日の読者に享け容れられそうなのを選んで、昔の姿のままの文体と用語で、――小ざかしき後輩の手を加えることなしに――オリジナルの珠玉篇を提供しようという企ては、わが読書界のために、近頃珍らしい有意義…

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