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牛捨場馬捨場
うしすてばうますてば
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「賤民とは何か」 河出書房新社
2008(平成20)年3月30日
初出「歴史地理 43-5号」1924(大正13)年5月
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2013-03-25 / 2014-09-16
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 今もなお諸所に小字を牛捨場または馬捨場と称する所がある。また小字という程でなくても、俗にそう呼んでいる場所が各地に多く、現に昔は死牛馬をここへ捨てたものだなど伝称せられているところも少くない。これは一体どうしたものか。
 我が国は農業国である。したがって耕作を助けしめるべく牛馬を飼育する事が多い。また運搬用、騎乗用、あるいは挽車用としての牛馬の飼養も古来かなり多かった事であるに相違ない。これらの老いて役に堪えなくなったもの、また斃死したものの始末をどうしたであろうか。
 言うまでもなく我が国においても太古は牛馬の肉を食用としたものであった。神武天皇御東征の時に、大和の土人弟猾は生酒を以て皇軍を饗したと「日本書紀」にある。牛肉を肴として酒を飲んだものであろう。また「古語拾遺」には大地主神が、牛肉を以て田人に喰わしめたが為に、大年神の怒りにあったともある。怒りにあったとしても古代国民が牛肉を喰らったことのあったには疑いない。その後天武天皇の御代に至って、詔して牛馬犬猿鶏の肉を喰うを禁ぜしめられた。これは必ずしも肉食の禁というではなく、人間に飼育せられて人間の用を弁ずるもの、または特に人類に最も近似したるものを屠殺して食用に供することは人情として忍び難いという点にその動機があったに相違ない。さればその以前にこれらの物が食用に供せられたことは疑いを容れないのである。これより後にも豚の飼育は行われた。無論食用の目的であるには相違ないが、これは食用以外に人間の用を為さぬものであるから、右の制令にも漏れたものであった。右の禁令あって後にも、なお牛を殺して漢神を祭るの習慣は各地にあって、平安朝になってもさらにその禁を重ねられた事であった。その牛は無論犠牲として神に供し、後にこれを食したものであるに相違ない。しかし仏法の普及とともに牛馬を殺すことは罪業のことに深いものとして教えられた。「霊異記」には牛を殺して漢神を祭ったが為に恐ろしい現報を受けた話もある。こんな宣伝がだんだんと国民間に普及せられるに及んで、普通民はもはや牛馬を喰わなくなった。「古語拾遺」の田人牛肉を喰った祟りの話も、けだし普通民が牛馬も喰わなくなった後の産物かもしれぬ。
 殺生肉食嫌忌の宣伝から起った食肉禁忌の思想がだんだんとこうじて来て、従来もっぱら食肉用の獣と見なされて、その名称を俗にシシ(「宍」にて肉の義)とまで呼ばるるに至った程の猪や鹿の肉を喰った者でも、数十日ないし百日間神社参詣を遠慮せねばならぬというが如き、いわゆる諸社禁忌のやかましく叫ばれるようになっては一般民は牛馬の肉を喰うものを甚だしく賤しむに至った。この際においてただ屠者すなわち餌取の輩のみは、その殺生を常習とする事から、相変らず旧来の習慣を墨守して、これを喰うことを避けなかったが為に、自然と一般民から疎外せらるるに至ったのは実際やむを…

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