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濫僧考
ろうそうこう
副題河原者・坂の者・宿の者・非人法師
かわらもの・さかのもの・しゅくのもの・ひにんほうし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「賤民とは何か」 河出書房新社
2008(平成20)年3月30日
初出「社会史研究 9-3号」1923(大正12)年3月
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2013-03-19 / 2014-09-16
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

「民族と歴史」八巻五号所載「旃陀羅考」中にちょっと述べておいた濫僧の事を、今少し精しく考証してみる。「旃陀羅考」中にも引いておいた「延喜式」の臨時祭式の文に、

凡鴨御祖社南辺者、雖レ在二四至之外一濫僧・屠者等不レ得二居住一。

とある。その濫僧とは、そもそもいかなるものであろう。そして何故にそれが四至の外といえども鴨御祖社すなわち下鴨神社の南辺には住まわせなかったものであろう。まずそれから考えてみる。これも「旃陀羅考」に引いた鎌倉時代の「塵袋」(五)に、

キヨメをヱタと云ふは如何なる詞ぞ 穢多
根本は餌取と云ふべき歟。餌と云ふはシヽムラ、鷹等の餌を云ふなるべし。其れをとる物と云ふ也。ヱトリをはやくいひて、いひゆがめてヱタと云へり。タとトは通音也。ヱトをヱタと云ふなり。ヱトリを略せる也。子細しらぬものはラウソウとも云ふ。乞食等の沙門の形なれども、其の行儀僧にもあらぬを濫僧と名けて、施行ひかるゝをば濫僧供と云ふ。其れを非人・カタヒ・ヱタなど、人まじろひもせぬおなじさまのものなれば、まぎらかして非人の名をヱタにつけたる也。ランソウと呼ぶべきをラウソウと云ふ。弥しどけなし。(下略)

とある。濫僧供の事は、「後二条関白記」寛治六年正月十九日の条、「人事記」久安五年十一月十日条などにも見えて、平安朝にはしばしば行われたものらしい。すなわちいわゆる濫僧に施行すなわち供養するもので、その濫僧とは沙門の形をなしたる乞食のことであることは、右の「塵袋」の文で明白だ。しからばその濫僧の起原やいかに。
 延喜十四年三善清行の上った「意見封事」十二個条のうちに、

一 諸国の僧徒の濫悪、及び宿衛舎人の凶暴を禁ぜんと請ふ事
右、臣伏して見れば、去にし延喜元年の官符、已に権貴の山川を規錮し、勢家の田地を侵奪することを禁じ、州郡の枳棘を芟り、兆庶の※[#「敬/虫」、U+87FC、185-1]※[#「賊/虫」、U+8808、185-1]を除く。吏治施し易く、民居安きを得たり。但猶凶暴邪悪の者は、悪僧と宿衛となり。伏して以れば諸寺の年分及び臨時の得度は、一年の内に或は二三百人に及ぶなり。中に就いて半分以上は皆是れ邪濫の輩なり。又諸国の百姓課役を逃れ、租調を逋るゝ者、私に自ら髪を落し、猥りに法服を著く。此の如きの輩年を積んで漸く多く、天下の人民三分の二は皆是れ禿首の者なり。此れ皆家に妻子を蓄へ、口に腥[#挿絵]を啖ふ、形は沙門に似て、心は屠児の如し。況や其の尤も甚しきものは、聚つて群盗を為し、竊かに銭貨を鋳る。天刑を畏れず、仏律を顧みず。若し国司法に依て勘糺すれば、則ち霧合雲集し、競うて暴逆を為す。前年安芸守藤原時善を攻囲し、紀伊守橘公廉を劫糺する者、皆是れ濫悪の僧其の魁師たるなり。もし官符遅く発し、朝使緩く行かしめば、時善・公廉皆魚肉とならんなり。若し禁慾の制なくんば、恐らくは防衛の方に…

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