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ベートーヴェンの生涯
ベートーヴェンのしょうがい
副題03 ハイリゲンシュタットの遺書
03 ハイリゲンシュタットのいしょ
著者
翻訳者片山 敏彦
文字遣い新字新仮名
底本 「ベートーヴェンの生涯」 岩波文庫、岩波書店
1938(昭和13)年11月15日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2012-05-06 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

[#ページの左右中央]


ハイリゲンシュタットの遺書*
わが弟カルルおよび(ヨーハン**)に。――わが死後、この意志の遂行さるべきために。


[#改丁]


 おお、お前たち、――私を厭わしい頑迷な、または厭人的な人間だと思い込んで他人にもそんなふうにいいふらす人々よ、お前たちが私に対するそのやり方は何と不正当なことか! お前たちにそんな思い違いをさせることの隠れたほんとうの原因をお前たちは悟らないのだ。幼い頃からこの方、私の心情も精神も、善行を好む優しい感情に傾いていた。偉大な善行を成就しようとすることをさえ、私は常に自分の義務だと考えて来た。しかし考えてもみよ、六年以来、私の状況がどれほど惨めなものかを!――無能な医者たちのため容態を悪化させられながら、やがては恢復するであろうとの希望に歳から歳へと欺かれて、ついには病気の慢性であることを認めざるを得なくなった――たとえその恢復がまったく不可能ではないとしても、おそらく快癒のためにも数年はかかるであろう。社交の楽しみにも応じやすいほど熱情的で活溌な性質をもって生まれた私は、早くも人々から孤り遠ざかって孤独の生活をしなければならなくなった。折りに触れてこれらすべての障害を突破して振舞おうとしてみても、私は自分の耳が聴こえないことの悲しさを二倍にも感じさせられて、何と苛酷に押し戻されねばならなかったことか! しかも人々に向かって――「もっと大きい声で話して下さい。叫んでみて下さい。私はつんぼですから!」ということは私にはどうしてもできなかったのだ。ああ! 他の人々にとってよりも私にはいっそう完全なものでなければならない一つの感覚(聴覚)、かつては申し分のない完全さで私が所有していた感覚、たしかにかつては、私と同じ専門の人々でもほとんど持たないほどの完全さで私が所有していたその感覚の弱点を人々の前へ曝け出しに行くことがどうして私にできようか!――何としてもそれはできない!――それ故に、私がお前たちの仲間入りをしたいのにしかもわざと孤独に生活するのをお前たちが見ても、私を赦してくれ! 私はこの不幸の真相を人々から誤解されるようにして置くよりほか仕方がないために、この不幸は私には二重につらいのだ。人々の集まりの中へ交じって元気づいたり、精妙な談話を楽しんだり、話し合って互いに感情を流露させたりすることが私には許されないのだ。ただどうしても余儀ないときにだけ私は人々の中へ出かけてゆく。まるで放逐されている人間のように私は生きなければならない。人々の集まりへ近づくと、自分の病状を気づかれはしまいかという恐ろしい不安が私の心を襲う。――この半年間私が田舎で暮らしたのもその理由からであった。できるだけ聴覚を静養せよと賢明な医者が勧告してくれたが、この医者の意見は現在の私の自発的な意向と一致したのだ。とはいえ、ときどきは…

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