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明石鯛に優る朝鮮の鯛
あかしだいにまさるちょうせんのたい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「魯山人味道」 中公文庫、中央公論社
1980(昭和55)年4月10日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2012-10-08 / 2014-09-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 たいについて、京都、大阪で、子ども時分から聞きこんでいることは、玄海灘を越してきたたいでなくては美味くないということだ。玄海灘を通過してきたたいには、その骨にイボのような珠みたいなものができていると聞かされた。
 私は昭和三年、朝鮮へ古窯跡の探査と、陶器原料の蒐集の目的で渡った。その時季がちょうど五月一日から三十日までであった。行程は朝鮮半島の京城から以東をおよそ全部旅行した。その折、太口面(康津郡)すなわち木浦から少し手前、康津で高麗青磁の窯跡を探って、たくさんの資料を蒐集し、帰途、岩礁の多い海岸に沿って、曲浦渚汀を、順天・馬山・釜山方面へと巡遊した。ところが、これらの地方で、はからずも非常に美味いたいの刺身をふんだんに食わされた。そのたいの刺身は、自分が今までに味わったことのある明石だいよりは、はるかに――とも言えるほど美味しいたいであった。
 その後も、到るところで、そのたいを飽かず賞味して、感心させられることしばしばだった。実際、その辺に移住してきている内地人や、地元の人たちだけに食わしておくにはもったいないほどのたいであった。内地では容易に舌にのらないほどの逸品だからである。その美味さは今日まで忘れがたい。
 元来、朝鮮は鳥でも魚でも一体に不味いところで、ことに京城にいた時代など、一度だって美味い魚を食ったことがなかった。昭和三年の朝鮮滞在中もたべものに難儀した。それだから魚らしい魚などないものと決めてかかっていた。馬山あたりで美味いたいが獲れるということなど、かつて耳にしたことがない。それがどうだろう、全く偶然、その美味いたいに、はからずも出会わしたものだからたまらない。意外な掘り出しものに驚いた。
 そこで、このすばらしいたいが、一体どこへ売られて行くのか調べてみると、出漁先沖合いに下関方面から買い出し船がやってきて、その多くは内地へ運んで行くのだそうだ。
 話は別になるが、たいについての思い出のひとつに、かつて北陸の山代や山中の温泉から金沢地方にかけて九谷焼き研究のため、久しく滞在していたころのことである。元来、北陸というところは、いわし・たら・なまこ・かに・甘えびなどの特産物は別として、一般魚類は不味いものばかりだ。特にたいなどは南日本海に比して問題にならないほどひどいものだ。ところが、加賀の海で五、六月のころ、土地でやかましく言う「たい網」という特種の漁法によるたい漁に遭遇することがある。この網で獲れたものは、明石だいとほとんど同じもので、事実美味いのに驚かされる。この地方で、ふだん獲れるたいは、明石のまだいとは比較にならない劣等品だ。それなのに、この季節にかぎるたい網のたいは、全然明石だいと区別がない。
 この地方の人が、たい網のたいを食って「明石だいよりはるかに美味い」と誇って関西人を怒らしたと言うが、その自慢もあながち否認できない…

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