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洗いづくりの美味さ
あらいづくりのうまさ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「魯山人味道」 中公文庫、中央公論社
1980(昭和55)年4月10日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2012-10-22 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 美味いさかな、それはなんと言っても、少数の例外は別として関西魚である。さかなによっては、紀州、四国、九州ももちろん瀬戸内海に同列するものである。伊勢湾あたりから漸時西方に向かい、瀬戸内海に入るに及んでは、誰しもなるほどと合点せざるを得ないまでに、段違いの美味さをもつことは、夙に天下の等しく認めるところで、関東魚はこの点、一言半句なく関西魚の前に頭を下げずにはいられない。しかし、例外の逸品にかかっては、またどうしようもないもので、これから七、八月ごろまでつづく東京近海もののピカ一、星がれいの洗いづくりの前には、関西のそれなど、とても及ぶものではない。私はめったに天下一品などと言おうとするものではないが、こればかりはどうしても天下一品と叫ばざるを得ないのである。
 東京築地の魚河岸における朝の生簀には、その偉容、実に横綱玉錦といった風な面構えをもって、水底に悠然たる落着きを見せている。美味さ加減は大きさで四百匁くらいが上乗。ふつう行われる黒だいの洗いよりは少々厚目につくり、水洗いしたものを直ちに舌上に運べば、まさに夏中切っての天下第一の美肴として、誇るに足るものである。このかれい、なかなか大きく成長し、一貫目以上のものも決してめずらしくないが、味の上では問題にならない。
 元来、洗いづくりは、生きた魚でなくては駄目なものである。ところが京の魚市場はもちろん大阪の市場にも、東京のそれのような生簀の設備がない。あっても不完全である。従って洗いづくりに事を欠き、洗いと言っては東京の独壇場の観がないではない。だが、東京とてもあの黒だいを紙のごとく薄く洗ったものなど、てんで問題にならないものもあって、一概に誇れたわけのものでもないが、二、三百匁くらいのすずきの洗い、同じくこちの洗いなどは、充分自慢に価する。また、三、四百匁のまだいの洗いも相当のものであるが、星がれい・すずき・こちには及ばない。特殊のものに、あかえい・なまず・たこなど、ややグロなものがあるが、まずは下手珍味の類に加うべきである。こいとふなでは格段にふなが美味く、伊勢えびと車えびでは車えびが調子高く、うなぎ・どじょうの洗いを酢味噌で食う手もあるが、夕顔棚の下ででもなければうつらない。
 最後に極め付この上なしを紹介する。それは百匁くらいのいわなの洗い、成熟期七月ごろの鮎の洗いなど。都会では容易ではないが、場所を得れば、敢えて難事ではなかろう。いわなの洗いは、どうしても渓谷深く身をもって臨む以外に法のないものである。私は黒部渓谷、九谷の奥、金沢のごりやなどでしばしば試みているが、星がれいに匹敵して、しかも格別という態の風味をもっていて、絶賛に価する。
 今ひとつ格別のものに、北陸ではたらばがにの洗い、東京ではしゃこの洗いがある。これも珍重するに足るのみならず、簡易美食の王者と言えるであろう。裏日本の各所になま…

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