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筍の美味さは第一席
たけのこのうまさはだいいっせき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「魯山人味道」 中公文庫、中央公論社
1980(昭和55)年4月10日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2012-10-08 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


 筍の缶詰ものは、一流日本料理の料理になる資格はないが、二流以下の料理用としては、年中、日本料理にも中国料理にも重宝されているくらいだから、美食原品として一等席へ坐してもよいものであろう。
 彼の廿四孝の孟宗は、母のために雪の地下深く竹の芽、すなわち筍を掘って有名であるが、筍は降雪期の前、すでに地下深く萌芽しているから、別にふしぎなことではない。
 京阪の一流料理屋が暮の中から、初春から、はしりものとして客の膳に出しているのが、すなわち、それである。その味は出盛り季節の美味ではないが、これはこれで一種捨てがたい風味があって、充分珍重に価する。
 しかし、筍も産地による持ち味の等差というものの甚だしいのに驚く。もとより京阪は本場である。関東のそれは場違いとしたい。目黒の筍など名ばかりで、なんの旨味もない。京都では、洛西の樫原が古来第一となっている。その付近に今ひとつ、向日町という上産地がある。洛東の南、伏見稲荷の孟宗藪も近来とみに上物ができて、樫原に劣らぬと自慢している。
 しかし、私の経験ではなんと言っても樫原の優良種がよい。噛みしめて著しい甘味があり、香気がすこぶる高い。繊維がなくて口の中で溶けてしまう。
 これを季節の味で食えば本来たまらなく美味いが、近来は到るところ料理屋の激増によって料理屋向きを目当てに、廿四孝が掘り出したであろうところの稚筍、すなわち若芽(百匁四、五本のもの)を掘り尽してしまい、いよいよという季節の来た時分は、藪に一本もない始末。従って本場の季節ものは、台所などへは顔を見せてくれない。
 ゆがいた筍を永く水に浸しておくのは、味を知らない人のすること、掘って間のない本場ものなら、京都人は、ゆでないでそのまま直ぐに煮て、少しも逃げない味を賞味している。煮冷えすると白い粉が吹いているが、平気で美味さをよろこぶ風がある。
 新しい筍を煮るのに、醤油、砂糖でできた汁を筍の肉深く滲み込ませるのは考えものである。日の経った筍や缶詰ものならばそれもよいが、掘りたてのものであってみれば、煮汁を滲みこませないよう中身は白く煮上げるのが秘訣である。
 こうしてこそ筍のもつ本来の甘味と香気が生き生きと動いて、春の美菜のよろこびがあると言うもの。しかし、関東ものは本場並みにはいきかねる点もあるから、そこは筍次第で、人おのおのの工夫を要するものとしたい。孟宗の終るころ、はちく・やだけ・まだけが出て、孟宗の大味にひきかえ、乙な小味を楽しませてくれる。
(昭和十三年)



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