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昆布とろ
こんぶとろ
作品ID54965
著者北大路 魯山人
文字遣い新字新仮名
底本 「魯山人味道」 中公文庫、中央公論社
1980(昭和55)年4月10日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2012-11-03 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 昆布とろというのは、昆布とかつおぶしの煮だしだけでつくるとろろ汁である。夏の朝、食事の進まないようなとき、あるいはなにを食っても口が不味いとき、またはなにも口に運ぶ気が起こらないときなどに、これをこしらえて熱い御飯にかけて食うと、まずは大概美味い美味いで、日ごろの三杯飯は、知らず知らず五杯飯になること請合いである。
 製法は極めて簡単だが、美味しく食うことの根本は、材料の選択の如何である。昆布のことは、京、大阪では心配はないが、東京となると、どこにでもあるというわけにはいかない。
 由来、東京人は昆布の味を知らない。だから昆布だしの味というものを解しない。従って昆布を使わない。それゆえ、あまり方々で売ってないということになる。東京人の舌は、そう言ってはわるいが、すこぶる杜撰なものである。落着いた味、静かな味、淡い味を知るには、あまりにも荒っぽすぎる。だから東京好みは俗になりやすいのである。例えば、くどい味、油っ濃い味、粗野な味、手っ取り早い味、落着かないせかせかした味、甘ったるい味というところに嗜好が動く。
 論より証拠、東京っ子は今もなおてんぷらが好きだ。しかも、甘ったるいだし汁を用いて。うなぎが好きだ。これも中串以上の大物が好まれる。しびまぐろが好きだ。しかも、油っ濃いトロというのを好む。このまぐろとか、てんぷらとか、うなぎとか言うものは、元来酒の肴として極めて調和のわるいものである。にもかかわらず、東京っ子はこれをもってよろこんで酒を飲む。次に牛肉のすき焼きが好きだ。いずれをみても手っ取り早い簡単な味ばかりであって、女でも子どもでも、書生でもというわけである。そして、これを自慢しいしい日常生活に堅く結びつけているのが大部分の江戸人であり、東京人である。それをとらえて、私が東京人の舌は杜撰であると言うのも、あながち無理ではあるまい。
 しかし、昔から東京にも通人がいて、衣食住なんでござれ、並尋常では済まさぬという凝り方の、趣味性に富んでいる人もいるのであるが、これも雅びやかな風流人ではなく、よく江戸文学にあらわれるような一種の型のあるものであって、ちょっといなせなところがあり、気取ったところがあって、稚気があり、童心に満ち、愛すべきところのものであるが、やはり、これもまだ「若い」の一語に尽きるようで、軽い感じをまぬかれない。
 昆布の選択がとんだところへ脱線してしまったが、事実、食通はかつおぶしの味ばかり知っただけですましているのでは問題にならない。是非とも昆布だしの味を知らねばならない。たいの眼玉で潮の吸いものをするのはよいが、かつおぶしのだしでは合点がいかない。たいの潮は、なんと言っても昆布だしにかぎるものである。さかなにさかなのだしでは魚味の重複でおもしろくない。これは理屈が言いたくて言うのではない。実際において、たいの味と海藻である植物の味との…

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