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塩鮭・塩鱒の茶漬け
しおじゃけ・しおますのちゃづけ
作品ID54970
著者北大路 魯山人
文字遣い新字新仮名
底本 「魯山人味道」 中公文庫、中央公論社
1980(昭和55)年4月10日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2012-11-18 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 さけとますとは、素人目には一見似たものではあるが、味から言えば、さけよりますの方がはるかに優る。
 さけは淡塩があり、またやわらかいものがある。東京では、これらの中から自由に選択することができる。この中でさけの一番美味いのは、新巻と称するものである。新巻などの場合は、焼いたものを茶漬けにして食べるべきである。番茶ではちょっと不味いが、煎茶をかけての塩じゃけの美味さはお茶漬け中の逸品で、雑念をはらって没頭できるほどの味を持っている。さけの茶漬けは、まぐろやてんぷらのように、飯の上に載せて茶をかけぬ方がいいようである。
 ますにも淡塩、濃塩など、いろいろあるようではあるが、一見みすぼらしい板のようになった薄っぺらなほうが茶漬けには適する。これらはいかなる寒村僻地にも行き渡っている品で、一尾百円か、大きくても二百円くらいのものであろう。鉄錆を見るように真っ赤になった塩ます、これがますの中でも一番美味いようである。さて、この濃塩の板のようになっているますの肉をむしり取って、御飯の上にのせる。この際、忘れてならないことは、皮もいっしょに御飯の上にのせて、その上からあついあついお茶をかけることである。
 元来、塩からいますのことであるから、この茶漬けには、塩をかける必要も生醤油をかける必要もない。ます自身の塩加減で充分である。さけは御飯の上に載せてお茶を注いでもあまり美味い汁は出ないが、ますの方は、とても美味しい汁が出る。
 この汁の美味さは、とてもさけの及ぶところではない。
 ただ、注意しなければならないことは、腹の薄身のところは取りのぞくことである。さけの新巻などになると、この腹の薄身のところこそ、かえって一番味のいいところであるが、ますの場合は苦くて味が悪い。さけもますも皮を食べぬ人があるが、野暮な話と言わねばならぬ。だから、食通はさけの切身なら、しっぽのほうを選ぶ。これはしっぽのほうが美味しい皮がたくさん付いているだけでなく、肉の繊維が強いからである。従って、歯ごたえが強く、中間の肉に優るものがある。
 ますの茶漬けは美味くて、五杯食べたとしても、その費用は五十円もかからぬくらいのものである。納豆の茶漬け同様に、食通を充分満足させる美味みを持っている。ますの茶漬けなどと初めから馬鹿にしてかかって、まだこれを知らない人もあろう。早速、煎茶で試みてほしい。
 よく大工や左官などが昼食に弁当を食っているのを見ると、吸いもの代りに弁当箱の蓋や湯呑み茶碗にますの切り身を入れ、熱湯を注いでいる。
 これがすなわち即製ますのスープで、なかなか結構な思いつきだと思う。
(昭和七年)



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