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薬売りの少年
くすりうりのしょうねん
作品ID55000
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 11」 講談社
1977(昭和52)年9月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2016-11-15 / 2016-09-09
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 荷物を背中に負って、薬売りの少年は、今日も知らぬ他国の道を歩いていました。北の町から出た行商群の一人であったのです。
 霜解けのした道は、ぬかるみのところもあるが、もう日の光に乾いて、陽炎の上っているところもありました。村はずれに土手があって、大きな木が立っていました。かさのように枝を空へ拡げていました。
「なんの木だろうな。」
 少年は、よくこうした景色を見るのです。ゆくところ、どこにも同じような村があり、人が住んで、笑ったり、怒ったりしていると思うと、なんとなくこのあたりの風景を見てもなつかしいのでした。そしてここにはもう春がきていて、木の下には、青い草が芽ぐみ、紫色のすみれの花さえ咲いているのが、目の中に入ったのです。
 少年は思わず、故郷の方を振り返りました。青空遠く雲は流れていて、もとよりその方角すらたしかでなかったが、曇り日がつづき、冷たい雪が降っていることと思われました。彼は、青草の上へ腰をおろそうとしたが、そばに小さな茶店があるのに気づいたので、さっそく入って腰掛けへ休みました。
「いらっしゃいまし。」と、おかみさんが、愛想よくお茶を注いでくれました。
「この村へ、薬屋がやってきますか。」と、少年は、たずねたのであります。
「あなたは、お薬屋さんですね?」と、おかみさんは、少年を見ました。
「そうです。どんな薬でも持っています。今年置いてゆきまして、来年またまいりましたときに、お使いになった薬のお代をいただくのですが、どうか、ここへも一つ置かしてくださいませんか。」といって、薬売りの少年は、頼みました。少年は、おかみさんが、どういうだろうかと心配しながら返答を待ちました。
「よろしゅうございますよ。このへんは、町へ出るには遠いし、お医者さまもいない、まことに不便なところですから、万一の場合に困ってしまいます。私の家ばかりでなく、きっと喜ぶ家がありますから、このへんをお歩きになってごらんなさい。」と、おかみさんは、しんせつにいってくれました。少年は、いいところへきたと思って、たいそう喜びました。
「こちらは、暖かでいいところでございますね。」
 少年の目には、おかみさんから、やさしい言葉を受けたので、土地までが、和やかな慕わしいものに感じられたのでした。
「気候はいいが、さびしいところですよ。」
 行商人は、かえって汽車などの通らないところ、町のないところ、不便なところほど、得意を造るのに都合がいいとされていましたので、少年とて、不便やさびしいということは、覚悟でありました。ただ、こうして歩いていて、ありがたくも、うれしくも、また悲しくもしみじみと感ずるのは、人の情けであると思いました。
 少年は、その茶店から出て、おかみさんに教えられた道の方へ、荷を負って、とぼとぼと歩みをつづけたのです。
 松原へつづいている小道で、一人の少女がしきりに下…

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