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備前焼
びぜんやき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「魯山人陶説」 中公文庫、中央公論新社
1992(平成4)年5月10日
入力者門田裕志
校正者木下聡
公開 / 更新2018-03-23 / 2018-02-25
長さの目安約 1 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 陶器は絵の描かれたものが大部分である。ところが、少数ではあるが、絵の描いてない陶器が日本には縄文、弥生や、陶器とは言えないが埴輪がある。これらに類似して、なんら絵をほどこさず、しかも、釉も掛けない陶器に備前焼がある。無釉陶の中でも、群を抜いて美しいのが、この備前焼である。古備前を見ても、またどんな陶器を見ても、人と時代の力で、秀れた陶器を数多く見るが、この備前焼の特徴は、なんと言っても、土そのものが世界に類なきものである。
 土に変化があり、味わいがある。備前は火と土の微妙な関連によって、間然するところなき美をもたらす。
 渋い奥行きのある色は、単なる手芸の域では、もはや出すことはできない。一にかかって作家の芸術的才能の問題である。
 晩成期の仕事とされるこの備前焼は、腹芸そのものが、秀れた美を生む源泉となるのである。
 この腹芸をすっかり失っている今の陶芸作家には、二、三を除いては、的確な陶器思考などあるはずもなく、わからず屋同士が、他愛もなく、その日暮しにおのずと酔生夢死を待つばかりという体たらくである。
(昭和二十八年)



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