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私の作陶体験は先人をかく観る
わたしのさくとうたいけんはせんじんをかくみる
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「魯山人陶説」 中公文庫、中央公論社
1992(平成4)年5月10日
入力者門田裕志
校正者雪森
公開 / 更新2014-11-25 / 2014-10-13
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 長次郎(安土、桃山時代)……日本陶芸史上唯一の芸術家。

 本阿弥光悦(安土、桃山から江戸初期)……多趣味多能にして広範囲の美術鑑賞眼をもつ道楽者。

 長次郎三代 のんこう(江戸初期)……のんこうには長次郎にみられる強さはない。豊かさに於ても格段に劣る。

 野々村仁清(江戸初期)……陋習の中国趣味を捨て去り、純日本美を陶器に移し、優雅極まりなき日本固有の美術表現に終始せし一大創作家、衣冠束帯を身にまといながら自由にふるまいし作家。

 尾形乾山(江戸初期)……陶画家で陶器家ではなかった乾山。光悦に優るとも劣らぬ点が身上である。

 奥田穎川(江戸中期)……不幸日本美の優雅を知らず中国趣味に走った点は穎川の落度。

 青木木米(江戸中期から後期)……惜しいかな木米も茶の美(日本美)を識らなかった。だが師穎川の程度を遥かに離して特異の天分を発揮した。(陶芸家)

 仁阿弥道八(江戸後期)……これより職人芸はじまる。(名人)

 永楽保全(江戸末期)……(職人芸)

 真葛長造(江戸末期)……(職人芸)

 夕顔棚に身を縛りつけ、涼を取らんとするが如き現今の一部作家。

 私は大分長い間製陶研究をやってまいりましたので、製陶の上では少々は知っておるわけですが、陶器の話というのはなかなかむずかしくて、口では容易に言い表わせない恨みがあります。陶器のことを親切に説明した人に、この間逝くなった大河内正敏さん、高橋箒庵などという人があります。親切にこまごまと説明してありますが、製陶の経験をお持ちになっておられないものですから、私から言いますと、ああいう人たちの臆測は往々歯がゆい結果になることがあります。その点が私どもの少し頼みにしているところなので、製陶といってもいろいろな陶種を研究してみますと、古い昔の作品を見るのに便利なことがたくさんあります。たとえば釉薬ですが、今田中さんが話しておられたことで、たいへん勉強したのですが、灰を掛けるとか、釉薬のことになって来ると、製陶経験がないために怪しくなって来るのです。
「それはこうならなくてはならぬのだよ」と言いたいことがたくさん発見されます。あれだけ熱心であり、茶道具の品評をたくさん書いたり、『大正名器鑑』をつくったりして説明した大河内子爵とか高橋箒庵などという人でも、悲しいかな製陶経験がないために、うんと行き届いた陶器の見方とか、あり方を表現するにはちょっと不自由なのです。そこでこちらは意を強うしました次第で、三十数年の作陶研究の体験で、長次郎を見ましても、光悦を見ましても、少し見方が違うと思うのです。
 長次郎と言いますと、茶人なんかの立場では、とにかく非常にありがたいものになってしまっている。長次郎が箱無しでそこに出たら一目でわかるというほどの鑑賞家はないのかも知れないと私は思っておるのです。ですから大概はその話が…

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