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牛込館
うしごめかん
作品ID55151
副題映画館めぐり(十)
えいがかんめぐりじゅう
著者渡辺 温
文字遣い新字新仮名
底本 「時事新報」 時事新報社
1928(昭和3)年10月14日
初出「時事新報」時事新報社、1928(昭和3)年10月14日
入力者匿名
校正者富田倫生
公開 / 更新2012-07-31 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 夕方の神楽坂通りは散歩の学生や帰りがけの勤め人なぞでいつもいっぱいである。
 私は久し振りで坂を上って牛込館を見に行った。
 錦輝館だの豊玉館だの――矢張りそんな時分に栄えた牛込館がそのまま取り残されている。窓のところに客寄せの楽隊でもいてくれたなら、ひょっとして無性に懐かしい気持がしたかもしれない。
    ×  ×
 此処は未だ階下ばかりしか入ったことがないので、今日は一円五十銭払って二階の中等席へ上ってみた。ブリキを張った天井裏が頭につかえそうで、むき出しの装飾電燈が客席を見下ろしている。そして桃色の緞帳のかかった舞台の傍にある弁士出入口のカーテンをかかげて、説明者が現われるのであるが、我々と同期のファンにとっては、むしろ居心地のよい程のギャラントリイとも云えそうだ。
    ×  ×
 番組は
 ―サンライズ
 ―滑れ、ケリイ、滑れ!
 音楽は武蔵野館の派遣で八九人いて相当よいらしい。説明者も一流だが、僕は此頃説明には殆ど贅沢を云わない習慣になっている。それに僕は大ていの場合、説明者や音楽を知覚しないですますことが出来る。音のない所は、音のない闇の中で眺めることが一番楽しく思われる。だから僕は、映写機とスクリインと通風と腰かけの工合さえよければ、どんな倉庫のような活動小屋だっていいので、その他の設備は二番目の問題である。[#「問題である。」は底本では「問題である」]ピアノトリオ位で非常に優れた室内音楽でも附属しているのは決して悪いものではないとしても、併し「演出効果」なぞと云う大掛かりな仕掛けは実際邪魔になり過ぎる場合がある。
    ×  ×
 牛込館のお客様は、西洋物の見物だけに上品でおとなしい。矢張り大方学生のようで、近所に芸者街があるのだが、それらしい姿はあまり見かけられなかった。
 僕の直前にいた青年達が「サンライズ」を見ながら話していた。
 ――いい景色だな。実にいい景色だ。天然の景色にはこんなに美しいものは滅多にないに相違ない。」
 ――何と云ってもムルナウは豪勢な男だ。面白くないのはムルナウの罪ではない。愚劣な筋をこれだけに生かしたのがムルナウだからね。」
 ――原作はヘルマン、ズウテルマンだよ。」
 ――はてな!」
 ――だが、それだから却ていけないと云うことにもなるさ。」
 ――それあそうだ」
 なかなか心がけのよいファンである。
    ×  ×
 この青年達は「スライド・ケリー・スライド」の時も、こんなことを云った。僕は今日は一々気にとめて聞いたのである。
 ――ヘインズってのは気持が悪いね。」
 ――ケリイの役が憎らしいのではないか?」
 ――[#「 ――」は底本では「――」]そうだね。見ていて憎らしくなる主人公を出す喜劇はよろしくない。」
 ――ハアリイ・ケエリイは嬉しかろう。去年モンロウ・サルスベリイが来た時、日本館へ…

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