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物のかたちのバラッド
もののかたちのバラッド
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「物のかたちのバラッド」 アメーバブックス
2005(平成17)年5月28日
入力者八巻美恵
校正者高橋雅康
公開 / 更新2012-06-03 / 2014-09-16
長さの目安約 237 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

[#ページの左右中央]


バスを待つうしろ姿



[#改ページ]

 昼食には洋食の店でコロッケを食べた。右隣の席にいる三年だけ先輩の同僚が教えてくれた店だ。初めてのその店で食べたあと、まだ歩いたことのない道を経由して会社へ向かった。途中に画材の店があった。本来は卸問屋なのだが、店先では小売りもしていた。スケッチ・ブックが目玉商品として安く出ていた。B6サイズで百枚綴じのを一冊、北原亜紀男は買った。
 会社の建物へ戻り、エレヴェーターで六階へ上がった。このワン・フロアが営業の大部屋だ。片方の壁にタイム・カードとその印字機があり、その前を横へ奥に入ると、そこは湯沸かし室だった。正面には曇りガラスのドアが観音開きにあった。ドアを入ると右手のスペースがタイピスト・プールで、通路をはさんで左側には営業庶務の人たちの机がならんでいた。その向こうに会議室がふたつあり、さらにその奥はテレックス・マシーンとそのオペレーターのコーナーだった。
 新卒で入社してまだ三か月にならない北原の席は、大部屋のほぼまんなかあたりにあった。昼休みはまだ終わっていない。だから部屋に人は少なかった。女性たちはまだ全員が席に戻っていなかった。自分の机までいき、椅子にすわり、買ったばかりのスケッチ・ブックを手に持って開いた。B6のサイズで白い画用紙が連続していた。裏と表では感触が違った。表は鉛筆のひっかかりが良さそうだ、と北原は思った。
 濃紺のスーツ・ジャケットの内ポケットから、彼は黒いシャープ・ペンシルを取り出した。速記者が使うものだということで、0・9ミリで2Bの芯が入っていた。芯を繰り出しながら彼がふと思ったのは、今日もエレヴェーターを使って何度も出たり入ったりしたが、まだ長谷川裕子の姿を見ていない、ということだった。
 右開きのスケッチ・ブックを半回転させて左開きとした彼は、表紙を開いた。最初のページの白いスペースのなかの、ある一点にシャープ・ペンシルの芯先を下ろした彼は、そこから絶妙な滑らかさと素早さで、まるでひと筆描きのように若い女性をひとり、描き出した。ドアの開いているエレヴェーターから、ふと外に出てみたというポーズの、制服のエレヴェーター・ガールだ。九階まであるこの建物は、ワン・ブロックのほとんどをふさいでいた。一階の長方形のロビーの片側に、五基のエレヴェーターがならんでいた。六人のエレヴェーター・ガールが、交代でこの五基を操作していた。スケッチ・ブックに北原亜紀男が描いたのは、そのうちのひとりである、長谷川裕子だった。
 昼食から帰って来た隣の部の課長代理が、北原の椅子のうしろをとおりかかった。スケッチ・ブックに目をとめて立ちどまり、北原の肩ごしにかがみ込んだ。
「うわっ、うまい」
 倉本というその男が言った。
「長谷川じゃないか。おまえが描いたのか」
「そうです」
「もの…

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