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玉の輿
たまのこし
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「正宗白鳥全集第十二卷」 福武書店
1985(昭和60)年7月30日
初出「女性 第十二巻第六号」プラトン社、1927(昭和2)年12月1日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者山村信一郎
公開 / 更新2013-08-17 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 時節外れの寒い風が吹いた。五人もの子供を抱へてゐながらビクともしない働きものゝおたまは、薄明りが差すと、誰れもまだ起きない前に寢床を離れて、手早く衣服を着替へて、藁草履を突掛けて、裏木戸から水汲みに出掛けた。風呂桶へ四五荷も汲んで、使ひ水をも大きな水瓶に滿すと、肥つた身體にべつたり汗の出るほどに温かくなつた。
 共同井戸の側には、次第に人が集つた。
「かう出し拔け寒くなつちややり切れないよ。」
「冬の仕度はなんにも出來てやしないのに、弱つちまふよ。……おたまさんなぞ、手まはしがいゝから、慌てることはないだらうけれど、こちとらは、これから足掻き廻るだけよ。」
「お前んとこは、おかめちやんを奉公に出したから餘程氣輕になつたぢやねえか。乳呑み子はなし、お前んとこは、これから樂が出來るばつかりだよ。」
「さうだとも。おもとさんは言ひ分なしさ。おらのとこも、おさとを御別莊へ上げたいと思つてるんだけど、同じ奉公させるのなら、東京へ出した方が當人の爲になりやしないかと思つて迷つてるだ。」
「さう云へば、濱田のよつちやんは、日本橋の大きな問屋の息子さんに所望されて、お嫁入りすることに話が極つたつてことだよ。」
「よつちやんが。本當かい。」
「彼處ぢやまだ祕密にしてるやうだけど、おら、昨日確かなところから聞き込んだのさ。よつちやんがその息子さんに見染められたといふことだが、女は容色のいゝのが何よりだ。大した仕度金が出るつてことだよ。」
 およねと云ふ容色よしが、大磯に別莊を有つてゐる松本男爵の東京の本宅に小間使奉公をしてゐるうち、男爵家に出入りの商人に見染められて、結婚を申し込まれたといふ噂は、その日の井戸端での第一の話題となつたので、おたまの耳にも刻み込まれた。それで、彼女は、水を汲んでしまふと、姑や夫に向つて、まづ第一にその噂を傳へた。
 數十年來別莊地として有名なこの土地では、土地のプロレタリヤ階級の人々は、女の子を家事の手助けの出來るくらゐな年頃になると、御別莊へ奉公に出すやうにと心掛けるのを例としてゐる。御別莊では、避暑時に使ひ馴れた女中を東京の本邸へ連れて行くことも少なくない。さう云つた女の子は、一般にその給金を蓄へて嫁入り仕度を調へたり、給金の一部を月々親元へ送つて生活の足しにしたりするのであつたが、中にはお屋敷の若樣といゝ仲になつて、とゞの詰まりは、莫大な手切金を頂いて引き下つたものもあれば、お屋敷奉公が縁となつて、富家と縁組みをしたものもあつた。
 近年、女の子を有つてゐるプロレタリア階級の羨望の的となつてゐる特殊の例としては、ある別莊に小間使として勤めてゐて、そこに一人で保養に來てゐた坊ちやんと偶然に關係を結んだおつたといふ少女のことであつた。坊ちやんの父親は、東京の本邸でその噂を耳に入れるや否や、激怒して「よし、おれが行つて、おつたを追抛り出してやる。…

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