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けんがく
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「正宗白鳥全集第十二卷」 福武書店
1985(昭和60)年7月30日
初出「婦人公論 第十一年第二号」中央公論新社、1926(大正15)年2月1日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者山村信一郎
公開 / 更新2013-08-21 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

「でも、あたくし幸福だと思つてゐますのよ。母が患つてからは、あたくしの家に引き取つて、出來るだけの看病をして、心殘りのないやうに息を引き取らせたんで御座いますわ。……はあ、胃潰瘍が再發したんですの。母は年齡を取つても長い間落着いてゐられる家がなくつて、苦勞してゐましたのですけど、あたしが村田の家へ嫁付いてからは、此處が一番氣兼ねがなくつていゝと云つて、不斷でも、たび/\遊びに來て、手足を伸してゐましたのです。身體の加減が惡くなると、なほ更あたしの家を戀しがつてゐましたの。村田がまたどういふ譯ですか、性が合つてゐるとでもいふのですか、お母さん/\と云つて、まるで自分の實の母親と同じやうに大事にして呉れましたの。お母さんも幸福でしたわ。
 お母さんの亡くなつたのは、大地震の前の年でしたの。ほんたうに、あたくし達は運がよう御座んしたのよ。村田は地震の年の四月まで、横濱の支店に勤めて、家も横濱に持つてゐたのですから、もう半年彼地にゐようものなら、大變だつたのですの。ちつとばかしお給金が殖えたつて大阪なんかいやだ/\と不平を云ひ/\轉勤したのですけれど、人間何が幸福になるか分りやしませんわね。
 大阪は池田といふ郊外に住んでゐますの。あたくし、上方は今度はじめてなんですわ。樣子が分らないもんですからはじめのうちはオド/\してゐました。獨りでお留守してゐると、横濱とは違つて不安心で淋しくつてならなかつたのですけど、馴れると何處だつて同なじことですわね。若い内は變つた土地に住んで見るのも、一生のいゝ經驗だと、主人が力をつけて呉れますし、あたしもさう思つてゐますのよ。
 お蔭で、西京から奈良から、須磨や明石や、あの近邊の名所古蹟は隨分見物いたしました。……主人のお休みの日には見物に連れてつて貰ふことも御座いますのですけど、この頃はあたくし、婦人の見學團に加入いたしましたの。今年になつて、新聞社の工場や紡績會社なんか、皆さんと御一緒に見せて頂きました。此間も、草履穿きでかまはない服裝をして、家を締めて出掛けますと、近所にいらつしやる主人のお友達が窓から覘いて、「ヤア、村田の妻君、今日は見學か。」と冷かしなさるんですよ。……でもねえ、ゴミ/\した工場なんかへ、お裝飾をして一張羅を着ちや行かれませんのですもの。あたくしなんかのやうなその月暮しの貧乏人は、箪笥のなかに、着替へを幾枚もしまひ込んでやしないんですから。
 あたくし、着物なんぞはさう欲しか御座いませんの。今度も、お母さんの墓參りをかねて、兄や姉の家で十日ばかり遊んで來たいと申しますと、主人はそれはいゝことだと喜んで呉れまして、旅費も不自由しないだけは渡して呉れましたし、あちらこちらへ顏出しする時の手土産だつて、主人が自分で見計らつて、會社の歸りに買つて來て呉れました。わたくし、ほんたうに幸福だと思ひますわ。久し振りで東京…

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