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頌歌
ほめうた
著者
翻訳者上田 敏
文字遣い旧字旧仮名
底本 「上田敏全訳詩集」 岩波文庫、岩波書店
1962(昭和37)年12月16日
初出「三田文学 七ノ二」1916(大正5)年2月
入力者川山隆
校正者成宮佐知子
公開 / 更新2012-12-09 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

わが魂は主を崇め奉るなり。

噫今は越方となりし辛き長き途よわれたゞ孤なりしその日よ。
都大路の流離よ、御堂へ下る長町よ。
宛も若き競技者が方人、調練者の群に急れてか楕圓砂場をさして行く時、
一人は耳に囁きつ、またの一人は腕に自由を許しつゝ布もて腱を卷き縛る如きめをみて、
わが神々の忙しき足の中をわれは進みぬ。
聖約翰祭夏至の頃森陰の音なひよりも、
あるは、ダマスコの里水さやぐ山川の音に、
荒野の吐息雜り、夕されば風戰ぐ高木の搖ぎも加はるその聲よりも繁きは、
欲望さはなる若き心の言葉なり。
嗚呼神よ、若き人は女の生みたる子は、御供の牡牛よりも御心に適ふべし、
かくてわれ、相撲の身を屈する如く、御前にあり、
自らを敢て弱しと思ふにあらず、他の更に我より強きが爲ぞ。
君はわれを呼び召して、
夙にわが名を知り給ふ如く、同じ齡の者の中より特にわれを擇び給ふ。
嗚呼、神よ、若き人の心はいかに愛に滿ち、いかに汚辱と虚榮とを忌むかを知り給ふならむ。
是に於てか、君、急かにわが前に現はれ給ふ。
主は昔御力を示して孟西を驚かし給ひぬ、されど、わが心には、罪なき一の實有とこそ見えたれ。
さすがはわれも女の生みたる子なるか、そは此時、理性も師説も、すべての妄誕も、
わが心の雄誥に對ひて、この幼兒のさし伸べたる手に對ひて、全く無力なればなり。
噫、涙、噫、情深き心、噫、涙はふり落つるこの顏容かな。
諸の信者たち、來れ、この今生れたる幼兒を尊び敬はむ、
われを君が仇と思し給ふ勿れ、われは君のいづこに在すかを辨へず、また見ず、また知らず、唯この涙に暮るゝ面を君の方に向けたり。
われらを愛する者、人誰か愛せざらむ、わが心、救世主を見て、躍り喜ぶ。諸の信者たち來れ、われらが爲に生れ出で給ふこの幼兒を尊び敬はむ。
――さてもわれは今童兒にあらず、生の央に在りて、事理分別を辨へ、
歩を停めて、力量と堪忍とを楯に直立して、各方面を眺めたり。
かくて君、われに置き給ひし心と音とを元に、
われはくさぐさの言葉を作り、説を工み、わが胸の内に、異る聲々を集めたるが、
今や長論議もはたと止みて、
われ唯孤となりぬ。君の御前に出でては、更に新らしきわが身の思して、
復音の一聲、たとへば、弓をもて、二つの絲を彈き鳴らしたる[#挿絵]オロンの如く歌ひ出づ。
われ、世に在りて何か爲さむ、一帶の砂上に立ちて、眼常に、あのうち重なれる晶光七天を眺むるのみ。
君、今ここにわが前に在ます。われは、カルメル山に孤雲を望む牧人の心となりて、君が御爲にやをら美しき一條の歌を捧げむ、
時これ十二月寒の土用に際して、萬物の結目は縮まり竦み、夜天に星斗闌干たれど、
歡喜の心、逸散にわが身を撞きて、
今は昔、カヤパス、アンナ大司祭たり、ヘロデは、
ガリレヤに、弟ピリポ、イツリヤとトラコニチスとに、リサニヤスはアビレナに分封の王たりし世…

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