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胡弓
こきゅう
原題LA VIOLE DE GAMBA
著者
翻訳者上田 敏
文字遣い旧字旧仮名
底本 「上田敏全訳詩集」 岩波文庫、岩波書店
1962(昭和37)年12月16日
初出「アルス 創刊号」1915(大正4)年4月
入力者川山隆
校正者岡村和彦
公開 / 更新2012-12-12 / 2014-09-16
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


こはいかに、紛ふ無き親友ジァン・ガスパル・ドビュロオ、綱渡の一座中世に隱れ無き道化ものゝ蒼ざめ窶れたる姿にあらずや。
惡戲と温順とを浮べたる名状し難き顏色にてこなたを見詰めたり。
テオフィル・ゴオティエ――「オニユウリユス」

月夜の晩に
ピエロオどのよ、
文がやりたい
その筆かしやれ、
明が消えて
見えなくなつた。
後生だから早く
この戸をおあけ。  俗謠

 唱歌の長が弓を當てて胡弓の唸を試めしてみると、樂器は忽ち哄笑や顫音のおどけた鳴動をして答へた。伊太利亞狂言がよく消化れずに腹の中にあるのだらう。

 まづ始には女目付のバルバラが呟くやう、あのピエロオの拔作め、氣の利かないのも程がある、カサンドル樣の假髮の箱を落して、白粉を皆播いて了つたぞ。

 そこでカサンドルは大事さうに假髮をお拾ひなさる、アルルカンは粗忽者の尻をいやといふほど蹴飛すと、コロムビイヌは笑ひこけて涙を拭く、ピエロオは厚化粧の苦笑で耳までも口を開いた。

 然し間もなく月夜になると、明を消したアルルカンは友達のピエロオに懇願して、ちよいと戸をあけて、火をつけさせてくれろといふ、さては親仁の金箱ぐるみ、娘をつれて驅落するのか。

 琴屋の畜生、ヨブ・ハンスめ、こんな絲を賣り居つたなと唱歌の長は小言をいひつつ、埃だらけの箱の内へ埃だらけの胡弓を仕舞つた。絲は切れたのである。



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