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押入れ随筆
おしいれずいひつ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「吉川英治全集・47 草思堂随筆」 講談社
1970(昭和45)年6月20日
初出「暮しの手帖」暮しの手帖社、1957(昭和32)年
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2013-06-16 / 2014-09-16
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

持ちもの嫌い

 ひとにはバカげていても、自分にはゆるせない潔癖がたれにもある。子供をみているとおもしろい。枕の好み一つでも、柔いのやら堅いのやらだ。食膳でも、潔癖なのと、ズボラなのが、始終問題をかもしている。ところが、そのズボラ屋も時によって『たれか、ぼくの机をいじッたな』などと、似気ない潔癖をしめすことが往々ある。これは親の遺伝でもなし、単なる虫の居どころでもないらしい。
 下町語では、そういう癖を癇性と、よぶ。私にも、それがあるようだ。いろいろあるが、外出のときは、たばこ以外、持つ物一切が嫌いである。手帖はもちろん、ハンケチさえも持ちたくない。
 腕時計などは、しつけないので、たまたま必要にかられて、して出ても、つい、自分のを見ずに、隣席の人へ『いま、何時』と訊いたりする。そして、あとでは独り恐縮するのが常である。だから、外国風にならって、良人がトランクや買物の荷をかかえ、夫人は手ぶらで歩かせるというような美風も、私にはとても真似できない。もっとも、これは潔癖などという範囲のものではなく、横着の部類にぞくすであろう。私たちの古い亭主族をこうシツケてきた社会の過去罪といっておけばいちばん無難な言い方であるかもしれぬ。

暮しの初心

『おたくでは、シツケがいいとみえて、みなさんお行儀がいいですね』などと、どうかすると、客から、おほめにあずかることがある。ほめられて、ぎょっとするようなものだった。家のキャプテンとしての私は、家族たちへ、シツケなどという意識で、何ひとつ、小やかましいことを日常に強いている覚えはないからである。
 だが、考えてみると、シツケでなく、家のシキタリみたいな風は自然なくもない。『お早うございます』と、『おやすみなさい』と、それから間の『行ッてらっしゃい』や、『お帰ンなさい』を、とにかく、家じゅうでやりあっている事だと集約できそうだ。それを少々ていねいにやっている。たとえば、女中さんの『お早うございます』でも、幼稚園へ通っている子の『行ッてまいります』へでも、ウワの空でなく、こちらも同格に、礼をこたえてすることだけは守っている。『それだけのことに過ぎないんです』――と、客の質問に、説明したら、せっかく、ほめてくれたその訪客は、こんどは、意地のわるい推量笑いを顔にたたえた。
『じゃあ、ご主人が酔っぱらって、さきに横になったときでも、奥さんは、枕元で、おやすみなさい、をして寝るんですか』
『もちろんですよ、習慣をズルケれば、自然、翌朝は不きげんになるものね』
『まるで新婚だな。新婚でも、ちかごろ、そんな他人行儀みたいなことを、しあうかしら』
『どうか知らないが、いつまでも、初心を忘れないで、いい習慣だろ。いい事なら、もちあった方がいいと思うな。世阿弥の言葉じゃないが、初心忘るべからずだ』
『ははあ、修身科か。じゃあ君は、学校にも、修身はお…

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