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親鸞聖人について
しんらんしょうにんについて
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「吉川英治全集・47 草思堂随筆」 講談社
1970(昭和45)年6月20日
初出「毎日新聞」1962(昭和37)年10月1日号から9回に分けて連載
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2013-07-26 / 2014-09-16
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 先ごろは、親鸞聖人の大遠忌があり、今夜も親鸞聖人についてご関心の深い、またご信仰の深い皆さまのお集まりと思うのでありますが、私はそうした皆さまにお話し申し上げるほどの何も持っていないんです。だのに、かつて小説の上で親鸞を書き、その映画で錦之助君が親鸞をやったりした。あのような小説を物知り顔に書きましたのも、いまにして思えば、若気のあやまちであります……。
 小説親鸞や錦之助君の親鸞を見ると、端麗、いかなる九条兼実とその姫君、玉姫の前でも恋しそうな青年に思われますが、まったくはそうではありません。
 どんな風ぼうの人かというと、本願寺に、そしてめったに公開されないそうですが、田中一松さんからこの前、大きく拡大した画像を一ついただきましたが、これは「鏡の御影」というものだそうです。聖人がまだ在世七十歳のころ藤原信実の子息の、俗称袴殿といわれる人が、専阿弥陀仏ともいわれた人ですが、この人が七十歳の聖人の前でおうつししているうちに、何かただならぬ異なるものを感じて、絵筆を持ちながら、涙がこぼれて仕方がなかったといい伝えのある画像があります。
 これを見ますと、決して端麗柔軟なお方じゃなくて、むしろ筋骨荒く、骨ぶとな、背はさまで高くなかったようですが、その専阿弥陀仏が書きました像などを見ますと、この眉毛の一筋一筋を鮮明に、ピッピッピッとこまやかに書いております。生命力に満ちあふれたというような「お顔」です。

 ところで、その親鸞の生まれた時代、あの九十年の生涯の世相は、どんなだったかをみてみましょう。
 その没年の弘長二年から数えて聖人が呱々の声をあげた九十年前は承安の三年。平家の終わりごろですね。さしも栄えていた平家もそろそろ終わりごろ。聖人が九歳でしょうか、太政入道清盛も死んでいます。それから得度剃髪九歳までの間に、年号は安元、治承、養和と変わっておりまして、この間に木曾義仲の乱入、やがて平家都落ち、壇の浦、平家一族の没落というような歴史的な事件があります。
 九歳から二十年、叡山におられたことになっておりますが、その二十年間の叡山はどうか。これは今日からは想像も及ばないほどの、いわゆる大なぎなたを持った僧兵という軍事力もあり、それから山門の上ではやはり、いろいろ時勢を反映して、今日のことばでいえば、右だ、左だの争いでした。
 朝廷に何か自分たちの不満があれば、今日のデモ隊のごとく、あの叡山の雲母坂から都へ出てくる。こういう叡山の中で若き親鸞は九歳から二十九歳ごろまで、苦難な勉強をしていたのでしょう。
 おそらくは人間同士どうしてこう殺し合いが好きなものか、たのしめるこの春夏秋冬を、どうしてたのしまずにいがみ合い、刃物ばかりきらめかしているのか、血みどろをずいぶん見ておられたと思うのです。

 フランスのリシェ(注=シャルル・リシェ。生理学者、ノーベル医学賞受…

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