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学生の技能と勤労大衆
がくせいのぎのうときんろうたいしゅう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「戸坂潤全集 別巻」 勁草書房
1979(昭和54)年11月20日
初出「関西学院新聞」1936(昭和11)年8月8日
入力者矢野正人
校正者Juki
公開 / 更新2012-08-01 / 2014-09-16
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 最近私は学生や青年の問題について、書くことを注文されたり意見を徴されたりすることが非常に多い。何が問題になっているのだろうか。何かが見えない動機となってそういう問題を提出させるに相違ない。その匿れた暗礁は何か。
   ◇
 学生にとって最近最も切実な関心となっているものは第一に、就職と入学試験とである。前者は専門学校、大学の学生生徒の生活をスッかり引き浚って行って了っているし、後者は小学校から始めて中学校、高等学校の生徒達の生活を殆んど完全に支配して了っている。そして入学試験の問題の最後の関心は云うまでもなく就職への関心だ。
 私は之に就いて良いとか悪いとか云う勇気をもはや持っていない。入学試験の弊害位は制度の改革によって矯正出来そうに想像されるかも知れないが、夫が決してそうではない。第一制度そのものの改革が決して短い時間の内に実行される底のものではない。教育関係当局は、入学試験の弊害を実は口で云う程重大視しているのではない。それよりも大切なのは教育の精神であったり「精神教育」のことであったりする。教育制度(学校の年限短縮や延長のことに過ぎなくても)の改革云々となると、入学難とか何とかいう民衆の立場からする関心などはどこかへ飛んで了って、すぐ様教育の「精神」だ。真面目に民衆のために教育を考えてなどいない。又仮に教育制度が適当に改革された処で、入学難の根本的解決などは出来るものではない。なぜかと云うに、入学難の背景へは、母親の虚栄心や小学校の校長さんの世渡り術などより遥に重大な動力として、将来の就職という目標が作用しているのだからだ。
   ◇
 そこで就職問題の解決だが、之が抑々今日の社会問題の隨一に困難なものの一つである事は云うまでもない。之は学校の先生達の卒業生売込運動や卒業生の各種のヒロイズムでも解消しないし、「世間雑話」的な世渡り精神でも役に立たぬ。そうした種類の粒々たる心労も、例えば軍需景気の一寸した上下の作用で、声のない虫のように、ひねりつぶされて了う。就職問題など一にかかって、支配者の腹具合にあると云うべきだろう。併しそう云っても銘々は喰わねばならぬ。責任は支配者にはなくて、学生の場合なら、卒業生の銘々やその親や親戚にある。之が所謂「就職」問題なるものの意義だ。
 こうして入学試験の問題を就職問題へ解消して考えると、結局学生の最も切実な問題と云ったものは決して学生だけに特有な問題なのではない。今日誰だって喰うに困っているか喰うに困ることを恐れているからだ。その一群の民衆が偶々学生と云うものにすぎぬ。親の資産で喰ってゆけるものは就職などは体面の問題にすぎぬ、学生であろうとなかろうと変りはない。従って又、食えないとなると学生であろうがなかろうが、又変りはないのだ。ただ学生の方は卒業までは何とか食えるという条件の下に置かれている多少恵まれた一群の民…

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