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道化とヸナス
どうけとヴィナス
著者
翻訳者富永 太郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「富永太郎詩集」 現代詩文庫、思潮社
1975(昭和50)年7月10日
入力者村松洋一
校正者岩澤秀紀
公開 / 更新2013-04-13 / 2014-09-16
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


 何といふすばらしい日だ! 広大な公園は、愛神の支配の下にある若者のやうに、太陽のぎら/\した眼の下に悶絶してゐる。
 なべての物にあまねき此の有頂天を示す物音とてはない。河の水さへ眠つたやうである。ここには人の世の祭とは遙かに事かはつた、静寂の大饗宴があるのだ。
 不断に増しつゝある光はます/\物象を輝かせてゐるやうだ。上気した花は、其の色の勢力を、空の瑠璃色と競はうとする欲望に燃えてゐる。そして熱は、香を目に見えるものにして、烟のやうに、かの天体の方へと立ち昇らせてゐる。
 とはいへ、私はこの万有の快楽の中に、一つの悲しんでゐる存在のあるのを知つてゐる。
 巨大な[#挿絵]ナスの足許に、王達が「悔恨」や「倦怠」に悩まされるとき、彼等を笑はせるのを務めとする、かの人工の馬鹿、故意の道化の一人が、けば/\しい馬鹿げた衣を身に纒ひ、鈴附きの角形帽子を戴いて、台石のもとにうづくまり、涙に満ちた眼で永遠の女神を見上げてゐる。
 かくて、彼の眼は云ふ――「私は愛と友情とを奪はれた、人間の中で一ばん下等な、一ばん孤独なものでございます。この点では、私は動物の中の最も不完全なものにも劣つて居ります。それでも――私でもやはり永遠の美を味はつたり、感じたりするやうに造られて居るのです。あゝ、女神さま! 私の悲しみと熱狂とを憐んで下さいまし。」
 しかし仮借することを知らぬ[#挿絵]ナスは、その大理石の眼で、私にはどことも知れぬ遠い方を眺めてゐる。



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