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大脳は厨房である
だいのうはちゅうぼうである
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「富永太郎詩集」 現代詩文庫、思潮社
1975(昭和50)年7月10日
入力者村松洋一
校正者川山隆
公開 / 更新2014-04-13 / 2014-09-16
長さの目安約 1 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


眼球は日光を厭ふ故に
瞼の鎧戸をひたとおろし
頭蓋の中へ引き退く。

大脳の小区画を填めるものは
困憊したさまざまの食品である。
青かびに被はれたパンの缺け、
切り口の饐えたソオセエジ……
オリーヴ油はまださらさらと透明らしいが
瓶一面の埃のために
よくは見えない。

眼球は醜い料理女である。
厨房の中はうす暗い。
彼女は床のまん中で
少しばかりの獣脂を焚く。
背の低い焔が立つて
油煙がそつと 頭蓋の天井に附く。

彼女は大脳の棚の下をそゝくさとゆきゝして
幾品かの食品をとりおろす。
さて 片隅の大鍋をとつて
もの倦げに黄いろな焔の上にかける……

彼女はこの退屈な文火の上で
誰のためにあやしげな煮込みをつくらうといふのか。
彼女は知らない。
けれども、それが彼女の退屈な
しかし唯一の仕事である。

大脳はうす暗い。
頭蓋は燻つてゐる。
彼女は――眼球は愚かなのである。



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