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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID55506
副題022 名馬罪あり
022 めいばつみあり
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第十二卷 鬼女」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年8月25日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1933(昭和8)年10月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2014-06-07 / 2014-09-16
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「おつと、待つた」
「親分、そいつはいけねえ、先刻――待つたなしで行かうぜ――と言つたのは、親分の方ぢやありませんか」
「言つたよ、待つたなしと言つたに相違ないが、其處を切られちや、此大石が皆んな死ぬぢやないか。親分子分の間柄だ、そんな因業なことを言はずに、ちよいと此石を待つてくれ」
「驚いたなア、どうも。捕物にかけちや、江戸開府以來の名人と言はれた親分だが、碁を打たしちや、からだらしがないぜ」
 御用聞の錢形の平次は、子分のガラツ八こと八五郎を相手に、秋の陽ざしの淡い縁側、軒の糸瓜の、怪奇な影法師が搖れる下で、縁臺碁を打つて居りました。
 四世本因坊の名人道策が、日本の圍碁を黄金時代に導き、町方にも專ら碁が行はれた頃、丁度今日の麻雀などのやうに一時に流行を極めた時分です。
 尤も平次とガラツ八の碁はほんの眞似事で、碁盤と言つても菓子折の底へ足を付けたほどのもの、それにカキ餅のやうな心細い石ですから、一石を下す毎に、ポコリポコリと、間の拔けた音がするといふ代物、氣のいゝ女房のお靜も、小半日この音を聞かされて、縫物をし乍ら、すつかり氣を腐らして居ります。
「だらしがないは口が過ぎるぞ、ガラツ八奴、手前などは、だらしのあるのは碁だけだらう」
 平次も少しムツとしました。
「それぢや、此石を待つてやる代り、何か賭けませう」
「馬鹿ツ、汚い事を言ふな、俺は賭事は大嫌ひだ」
「金でなきアいゝでせう、竹箆とか、餅菓子とか――」
「よしツ、それ程言ふなら、此一番に負けたら、今日一日、お前が親分で俺が子分だ。どんな事を言ひ付けられても、文句を言はないといふ事にしたらどうだ」
「そいつは面白いや、あつしが負けたら、打つなり蹴飛ばすなり、何うともしておくんなさい。何うせ親分なんかに負けつこがないんだから」
「言つたね、さア來い」
 二人は又怪しげな碁器の中の石をガチヤガチヤ言はせて、果し合ひ眼で對しました。
「まア、お前さん、そんな約束をなすつて」
 お靜は見兼ねて聲を掛けましたが、
「放つて置け、此野郎、一度うんと取つ締めなきア癖になる」
 平次は一向聞き入れさうもありません。江戸一番の御用聞が、笊碁で半日潰すのですから、まことに天下は泰平と言つたものかもわかりません。
「さア、親分何うです、中が死んで、隅が死んで、目のあるのは幾つもありませんぜ。――今更征の當りなんか打つたつて追つ付くもんですか」
「フーム」
「降參なら投げた方が立派ですぜ。この上もがくと、頸を縊つて身投げをするやうなもので」
「勝手にしろ、――褌を嫌ひな男碁は強し――てな、川柳點にある通り、碁の強いのは半間な野郎に限つたものさ」
 平次はさう言つて、一と握りの黒石を、ガチヤリと盤の上へ叩き付けました。御用聞には惜しい人柄、碁さへ打たなきア、全く大した男前です。
「へツ/\、何とでも仰しやいだ、――今…

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