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「白秋詩集」序
はくしゅうししゅうじょ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「白秋全集 3」 岩波書店
1985(昭和60)年5月7日
初出「白秋詩集 第一巻」アルス、1920(大正9)年9月3日
入力者岡村和彦
校正者フクポー
公開 / 更新2017-04-17 / 2017-03-11
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 詩は芸術の精華である。この詩の道を行ふ外に、私は生れて何一つ与へられてゐなかつた。これが為めに、私はただ一すぢに詩に仕へて来た。詩に生き、詩に痩せ、詩に苦しみ通して来た。人間としてのかうがうしい歓びも、人間の果知れぬ寂しさも、私はたゞ詩に依つてのみ現す事が、ただ私の取るべき道であつた。
 私は歌つた。歌はねばならなくなつて、私はただ歌つた。かうして私の詩が流れ出して来た。こんこんとして大地の底から湧き上り溢れ出づるものの如く、これらは皆私の心肉から真実に溢れて言葉となつたものであつた。とりもなほさず私のものであつた。
 私は何も彼も貧しい。忝いこの大自然界の荘厳相の微塵でもこの凡下の私が知り得よう筈もなかつた。今にしても何一つ私の知り得たものは無い。その初め私はただ幼子の驚きを驚きとした。さうして昼も夜も美しい童話の王子のやうに紅と紫金との夢の彼方ばかりを追ひ求めてゐた。続いてはただ不可思議極るあらゆる官能と神経の陶酔から殆ど救はれ難き自己魔酔にまで、迷眩させられて了つた。近代頽唐の所産たる「邪宗門」が既に是を証する。而も私の生涯に一大転機を劃した苦しい恋愛事件の後、私は新に鮮に蘇つた。全く新生の黎明光が私の心霊を底の底までも洗ひ浄めてくれた。私は皮を脱いだ緑蛇のごとく奔り、繭を破つた白い蛾の如く羽ばたき廻つた。私は健康で自由で、而も飽くまでも赤裸々で、思ひきり弾み反つて躍つた。光りかがやく法悦、あらゆるものが歓びに満ち満ちて私に見えた。其三崎、小笠原の生活から再び東京へ帰ると、一時はまた一種の狂喜的な霊感から殆んど我を忘れた礼讃唱名の日夜を送つた。その発作が止むと、いつとなく次第に無常の光明を観じ、その寂光の浄土を思慕する落ちついた静謐な心に目醒めて来た。さうしていよいよ一切の実相をあるがままに肯け入れると共に己れをまたあるがままにその中に置く、即ち人間はただその本元に還り、ただ自然のままに己れを還す、かうした恭礼三昧の境地に私は私自身を見出して来た。
 畢竟するに真の高い詩は愛あり慈悲ある心から生れてくるのだ。さうして静かなおとなしやかな真の感激の底からこそ真のよき詩は溢れて来るのだ。何事にも深く頭を垂れ、いよいよ深く遜るべきであつた。私はここまで漸く到達したように思へる。真の詩は執し尽して終に詩を忘れ果てた刹那に初めて縹緲たる声を放ち、真の愛は執し尽して真に我を忘れ果てた、その没我の境地に到つて初めて光り耀くものだ。この没我の微妙境の中に真に恍惚として掌を合はせるものは幸である。
 然し、ただ私は恥づる。
 かうして、これまで私の創つて来た詩の凡ては凡てが今日の私を生む苦しい準備の層積であつた。顧ると感慨交々臻る。
 私が詩を創り初めたのは十五六歳の頃、さうだ、まだ中学の一二年時代からであつた。それからもう殆ど二十年近くになる。その数量から云つても可…

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