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早稲田神楽坂
わせだかぐらざか
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「大東京繁昌記」 毎日新聞社
1999(平成11)年5月15日
初出「東京日日新聞」1927(昭和2)年6月11日~29日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2013-09-27 / 2014-09-16
長さの目安約 48 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

床屋の壁鏡

 神楽坂通りの中程、俗に本多横町といって、そこから真直ぐに筑土八幡の方へ抜ける狭い横町の曲り角に、豊島という一軒の床屋がある。そう大きな家ではないが、職人が五、六人もおり、区内の方々に支店や分店があってかなり古い店らしく、場所柄でいつも中々繁昌している。晩になると大抵その前にバナナ屋の露店が出て、パン/\戸板をたたいたり、手をうったり、野獣の吠えるような声で口上を叫んだりしながら、物見高い散歩の人々を群がらせているのに誰しも気がつくであろう。
 私はその床屋へ、まだ早稲田の学生時代から今日までずっと行きつけにしている。特にそこが他よりすぐれていいとかうまいとかいう訳でもないが、最初その辺に下宿していた関係で行き出したのが元で、何となく設備や何かの感じがよいので、その後どこへ引越して行っても、今だに矢張り散歩がてらにでもそこまで出掛けるような次第である。数えるともう十七、八年もの長い年月である。その間私は、旅行その他特別の事情のない限り、毎月必ず一度か二度位ずつ、そこの大きな壁鏡に私の顔をうつし続けて来たわけであるが、する中いつか自分にも気のつかぬ間に、つや/\した若々しい青年だった私の顔が、皮膚のあれゆるんだ、皺深い老人じみたものに変り、自ら誇りとしていたほど濃く、且つ黒かった頭髪が、今はすでに見るもじじむさい胡魔塩に化してしまった。
『随分お白いのがふえましたね』
『ううむ、この頃急に白くなっちゃった。まだそんな年でもないんだけれど……』
『矢張り白髪のたちなんですね、よくこういうお方がありますよ』
『何だか知らないが、実際悲観してしまうね』
 大分以前、まだそこの主人が職人達と同様に鋏を持っていた頃、ある日私の髪を刈り込んでいる時、二人はそんな会話を取りかわした。見ると併しそういう主人自身の頭も、いつかしらその頂辺が薄く円くはげているのだった。
『君も随分変ったね』
 私はもう少しでそういおうとした。主人も今はもう五十に間もない年頃で、むしろ背の低い、まる/\と肥えた、極く鷹揚な、見た眼にも温良そうな男であるが……変ったのはかれや私の頭髪ばかりではない、それの店の内部も外観も、殆ど昔のおもかげを止めない位に変ってしまった。何時どこが何うなったということはいえないが、何度か普請をやり直して、外観もよくなったと同時に、内部もずっと広くなり綺麗にもなり、すべての設備も段々とよくなった。散髪料にしても、二十銭か二十五銭位であったのが、今はその三倍にも四倍にもなった。髪の刈り方髯の立て方の流行にも、思うに幾度かの変遷を見たことであろう。わけてそこに立ち働く若い理髪師達の異動のはげしさはいわずもがな、そこの主人の細君でさえ、中頃から違った人になった。多分前の人が病気で亡くなりでもしたのであろう。又そこへ来る常客の人々の身の上にも、それこそどんなにか、色…

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