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経つくゑ
きょうつくえ
作品ID55661
著者樋口 一葉
文字遣い旧字旧仮名
底本 「文藝倶楽部 第六編」 博文館
1895(明治28)年6月20日
初出「甲陽新報」1892(明治25)年10月18日~25日
入力者万波通彦
校正者Juki
公開 / 更新2013-11-19 / 2014-09-16
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#挿絵]一[#挿絵]

哀れ手向の花一枝に千年のちぎり萬年の情をつくして、誰れに操の身はひとり住、あたら美形を月花にそむけて、世は何時ぞとも知らず顏に、繰るや珠數の緒の引かれては御佛輪廻にまよひぬべし、ありしは何時の七夕の夜、なにと盟ひて比翼の鳥の片羽をうらみ、無常の風を連理の枝に憤りつ、此處閑窓のうち机上の香爐に絶えぬ烟りの主はと問へば、答へはぽろり襦袢の袖に露を置きて、言はぬ素性の聞きたきは無理か、かくすに顯はるヽが世の常ぞかし。
さすれば夢のあともなけれど、悟らぬ先の誰れも誰れも思ひを寄せしは名か其人か、醫科大學の評判男に松島忠雄と呼ばれて其頃二十七か八か、名を聞けば束髮の薔薇の花やがて笑みを作り、首卷のはんけち俄かに影を消して、途上の默禮とも千歳の名譽とうれしがられ、娘もつ親幾人に仇敵の思ひをさせて我が聟がねにと夫れも道理なり、故郷は靜岡の流石に士族出だけ人品高尚にて男振申分なく、才あり學あり天晴れの人物、今こそ内科の助手といへども行末の望みは十指のさす處なるを、これほどの人他人に取られて成るまじとの意氣ごみにて、聟さま拂底の世の中なればにや華族の姫君、高等官の令孃、大商人の持參金つきなど彼れよ是れよと申込みの口[#挿絵]より、小町が色を衒らふ島田髷の寫眞鏡、式部が才にほこる英文和譯、つんで机上にうづたかけれども此男なんの望み有りてか有らずか、仲人が百さへづり聞ながしにして夫れなりけりとは不審しからずや、うたがひは懸かる柳闇花明の里の夕べ、うかるヽ先きの有りやと見れど品行方正の受合人多ければ事はいよいよ闇黒になりぬ、さりながら怪しきは退院がけに何時も立寄る某れの家、雨はふれど雪は降れど其處に轅棒おろさぬ事なしと口さがなき車夫の誰れに申せしやら、某から某と傳はりて想像のかたまりは影となり形となり種々の噂となり、人知れず氣をもみ給ふ御方もありし、其中に別けて苦勞性のあるお人しのびやかに跡をやつけ給ひし、探ぐりに探ぐれば扨も燈臺のもと暗らさよ、本郷の森川町とかや神社のうしろ新坂通りに幾搆への生垣ゆひ廻せし中、押せば開らく片折戸に香月そのと女名まへの表札かけて折々もるヽ琴のしのび音、軒端の梅に鶯はづかしき美音をば春の月夜のおぼろげに聞くばかり、ちらり姿は夏の簾ごし憎くや誰れゆゑ惜しみてか藥師さまの御縁日にそヾろあるきをするでもなく、人まち顏の立姿かどに拜みし事もなけれど美人と言ふ名この近傍にかくれなしと聞くは、扨こそ彌々學士の外妾か、よしや令孃ぶればとてお里はいづれ知れたもの、其樣なものに鼻毛よまれて果は跡あしの砂の御用心さりとてはお笑止やなどヽ憎くまれ口いひちらせど眞の處は妬し妬しの積り、かヽる人々の瞋恚のほむらが火柱などヽ立昇つて罪もない世上をおどろかすなるべし。

[#挿絵]二[#挿絵]

黒ぬり塀の表かまへとお勝手むきの經濟は別ものぞかし、推はかり…

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