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十三夜
じゅうさんや
作品ID55670
著者樋口 一葉
文字遣い旧字旧仮名
底本 「文藝倶樂部 閨秀小説號」 博文館
1895(明治28)年12月10日
初出「文藝倶樂部 閨秀小説號」博文館、1895(明治28)年12月10日
入力者万波通彦
校正者Juki
公開 / 更新2015-11-23 / 2015-09-01
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#挿絵]上[#挿絵]

例は威勢よき黒ぬり車の、それ門に音が止まつた娘ではないかと兩親に出迎はれつる物を、今宵は辻より飛のりの車さへ歸して悄然と格子戸の外に立てば、家内には父親[#ルビの「ちゝはゝ」はママ]が相かはらずの高聲、いはゞ私も福人の一人、いづれも柔順しい子供を持つて育てるに手は懸らず人には褒められる、分外の欲さへ渇かねば此上に望みもなし、やれ/\有難い事と物がたられる、あの相手は定めし母樣、あゝ何も御存じなしに彼のやうに喜んでお出遊ばす物を、何の顏さげて離縁状もらふて下されと言はれた物か、叱かられるは必定、太郎と言ふ子もある身にて置いて驅け出して來るまでには種々思案もし盡しての後なれど、今更にお老人を驚かして是れまでの喜びを水の泡にさせまする事つらや、寧そ話さずに戻ろうか、戻れば太郎の母と言はれて何時/\までも原田の奧樣、御兩親に奏任の聟がある身と自慢させ、私さへ身を節儉れば時たまはお口に合ふ物お小遣ひも差あげられるに、思ふまゝを通して離縁とならは太郎には繼母の憂き目を見せ、御兩親には今までの自慢の鼻にはかに低くさせまして、人の思はく、弟の行末、あゝ此身一つの心から出世の眞も止めずはならず、戻らうか、戻らうか、あの鬼のやうな我良人のもとに戻らうか、彼の鬼の、鬼の良人のもとへ、ゑゝ厭や厭やと身をふるはす途端、よろ/\として思はず格子にがたりと音さすれば、誰れだと大きく父親の聲、道ゆく惡太郎の惡戯とまがへてなるべし。
外なるはおほゝと笑ふて、お父樣私で御座んすといかにも可愛き聲、や、誰れだ、誰れであつたと障子を引明て、ほうお關か、何だな其樣な處に立つて居て、何うして又此おそくに出かけて來た、車もなし、女中も連れずか、やれ/\ま早く中へ這入れ、さあ這入れ、何うも不意に驚かされたやうでまご/\するわな、格子は閉めずとも宜い私しが閉める、兎も角も奧が好い、ずつとお月樣のさす方へ、さ、蒲團へ乘れ、蒲團へ、何うも疊が汚ないので大屋に言つては置いたが職人の都合があると言ふてな、遠慮も何も入らない着物がたまらぬから夫れを敷ひて呉れ、やれ/\何うして此遲くに出て來たお宅では皆お變りもなしかと例に替らずもてはやさるれば、針の席にのる樣にて奧さま扱かひ情なくじつと涕を呑込で、はい誰れも時候の障りも御座りませぬ、私は申譯のない御無沙汰して居りましたが貴君もお母樣も御機嫌よくいらつしやりますかと問へば、いや最う私は嚔一つせぬ位、お袋は時たま例の血の道と言ふ奴を始めるがの、夫れも蒲團かぶつて半日も居ればけろ/\とする病だから子細はなしさと元氣よく呵々と笑ふに、亥之さんが見えませぬが今晩は何處へか參りましたか、彼の子も替らず勉強で御座んすかと問へば、母親はほた/\として茶を進めながら、亥之は今しがた夜學に出て行ました、あれもお前お蔭さまで此間は昇給させて頂いたし、課長樣が可愛が…

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