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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題097 許婚の死
097 いいなずけのし
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第十六卷 笑ひ茸」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年9月28日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2014-02-07 / 2014-09-16
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分、小柳町の伊丹屋の若旦那が來ましたぜ。何か大變な事があるんですつて」
「恐ろしく早いぢやないか、待たしておけ」
「へエ――」
 平次は八五郎を追ひやるやうに、ガブガブと嗽ひをしました。
 美しい朝です。鼻の先がつかへる狹い路地の中へも、金粉を撒き散らしたやうな光が一パイに射して、初夏の爽やかさが、袖にも襟にも香りさう、耳を澄ますと明神の森のあたりで、小鳥が朝の營みにいそしむ囀りが聞えます。
 こんな快適な朝――起き拔けの平次を待ち構へてゐるのは、一體どんな仕事でせう。血腥い事件の豫感に、平次は一寸憂欝になりましたが、直ぐ氣を變へて、ぞんざいに顏を洗ふと、鬢を撫で付け乍ら家へ入つて行きました。
「親分、た、大變なことになりました」
 伊丹屋の大身代を繼いだばかり、まだ若旦那で通つてゐる駒次郎は、平次の顏を見ると、上がり框から起ち上がりました。少し華奢な、背の高い男です。
「駒次郎さんかい、――どうしなすつたえ?」
 萬兩分限の地主の子に生れた駒次郎は、この春伊丹屋の主人になつて、尤もらしい尾鰭を加へたにしても、平次の眼にはまだ道樂者の若旦那でしかなかつたのです。
「皆んな、隱せるものなら隱す方がいゝつて言ひますが、私はあんまり口惜しいから、親分の力を借りて、下手人を見付け、二度とそんな事のないやうにしてやりたいと思ひます」
 駒次郎は、女の子のやうに、少し品を作つてお辭儀をしました。色の白さも、襟の青さも、裾を引く單衣の長さも、そのまゝ芝居に出て來る二枚目です。
「隱すの、下手人の――つて、一體それは、どんな事で?」
「親分、聞いて下さい。昨夜向柳原の十三屋のお曾與が殺されましたよ」
「えツ」
「母親と一緒に風呂へ行つた歸り、――一と足先に歸つて來たところを路地の中で絞められて――」
「それを隱して置く法はない、誰がそんな事を言ひ出したんだ」
「私の家の番頭達が言ひ出し、十三屋へは金をやつて、うやむやにするつもりでした」
 平次も驚きました。向柳原の名物娘が一人、絞め殺されて死んだのを、うやむやに葬るといふのは、あまりと言へばわけが解らなさ過ぎます。
「十三屋のお曾與は、お前さんところへ嫁入りする筈だつたぢやないか」
 十三屋の文吉が、娘のお曾與を伊丹屋に嫁入りさせることになつた話は、平次の耳にもよく聞えてゐたのです。
「さうですよ、祝言は三日の後――この二十五日といふことになつて居ました」
 駒次郎はいかにも口惜しさうです。
「成程、そいつは氣の毒だ」
「番頭や親類が集まつて、――こんな噂がパツと立つて、萬一呼賣の瓦版にでも刷られたら、伊丹屋の暖簾に疵が付く、それよりは金で濟むことなら、十三屋へ金をやつて、内々にするがいゝと、かう言ひます」
「無法な人達だな」
「でも私は口惜しくて口惜しくてたまりません。嫁を貰ふのを一々怨まれちや、やり切れないぢ…

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