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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題226 名画紛失
226 めいがふんしつ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十九卷 浮世繪の女」 同光社
1954(昭和29)年7月15日
初出「キング臨時増刊」1950(昭和25)年
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-06-02 / 2017-05-17
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「八、大變なことがあるさうぢやないか」
 江戸開府以來と言はれた、捕物の名人錢形平次は、粉煙草の煙りを輪に吹きながら、いとも寛々たる態度で、飛び込んで來た子分の八五郎に、かう浴びせるのでした。
 あわて者の八五郎、一名ガラツ八は、平次のためには『見る眼嗅ぐ鼻』で、その天稟の勘を働かせて、江戸中のニユースを嗅ぎ出して持つて來るのですが、生憎なことに今日は恐ろしい不漁で、猫の子がお産をしたほどの事件もなく、でつかい彌造を二つ陰氣に拵へて、日本一の張り合ひのない顏を、兎にも角にも親分のところへ持つて來たのでした。
 その鼻面を叩くやうに、『大變なこと』といふのを浴びせられて、八五郎さすがに面喰ひました。まさにお株を取られたかたちです。
「へエ、何んですそれは? あつしの知らない大變なことてえのは?」
 彌造をほぐすと、左に曲つた髷の刷毛先を直して、八五郎は上がり框に腰をおろしました。
「八さん騙されちやいけませんよ。朝つから八さんが來たら、うんと脅かしてやるんだつて、手ぐすね引いて待つてゐたんですよ。どうせつまらないことに決つてゐるんですから」
 お勝手から出て來た平次の戀女房のお靜は、濡れた手を拭き/\八五郎に注意をしてやります。
「默つてゐろ。女房が亭主に裏切りをするのは見つともいゝものぢやねえ」
「まア」
 お靜はちよいと怨じましたが、自分も少し出過ぎたことに氣がついたか、そのまゝもとのお勝手に、一陣の薫風を殘して姿を隱しました。
「何んです、親分、――あんまり脅かさないで下さいな」
「八五郎の前だが、たまには俺だつて、面白いネタを拾つて來るよ、――近頃諸方の寺々から、大町人大名屋敷まで荒して大變な名畫名幅を盜んで歩く、不思議な泥棒があるといふ話ぢやないか。お前の耳にそれが入らないワケはないと思ふんだが――」
「そんなことなら、五日も前から聞込んでゐますよ」
「エライ、さすがは順風耳の八五郎だが、何んだつてそれを俺の耳には入れてくれなかつたんだ」
「名畫だか名幅だか知らないが、たかがへへののもへじに毛の生えたやうな代物なんでせう。そいつを有難がる奴の方が餘つ程の箆棒で、あつしには賽錢泥棒くらゐに踏んで相手にもしませんでしたよ」
「驚いた野郎だな、お前といふ人間は」
「さうですかね、――そんなエテ物を盜む奴も物好きだが、盜まれて騷ぐ方もあまり賢こくはないと思つたんで」
「呆れて物が言へないよ、お前といふ人間は」
「へエ」
「その盜られた品といふのは、一つ/\が何百何千兩といふ名畫ばかりだ。中には公儀にお屆けになつてゐる品もあり、寺寳として寺社奉行所の臺帳に載つてゐる品もあるんだよ」
「へエ、そんな間拔けなものを盜つて、どうするつもりでせう。質草か何んかの足しになるでせうか」
 八五郎の氣樂さ、これを教育して名畫の有難味を解らせるためには、もう一度生れ變つ…

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