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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題231 鍵の穴
231 かぎのあな
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十九卷 浮世繪の女」 同光社
1954(昭和29)年7月15日
初出「小説の泉」1948(昭和23)年5月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-06-11 / 2017-04-03
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「わツ驚いたの驚かねえの」
 ガラツ八といふ安値な異名で通る八五郎は、五月の朝の陽を一パイに浴びた格子の中へ、張板を蹴飛ばして、一陣の疾風のやうに飛び込むのでした。
「此方が番毎驚くぜ。何んだつて人の家へ來るのに、鳴物入りで騷がなきやならないんだ」
 親分の錢形平次は、さう口小言をいひながらも、さして驚く樣子もなく、淺間な家の次の間から、機嫌の良い笑顏を見せるのでした。
 江戸開府以來と言はれた捕物の名人錢形平次は、かうして煙草の煙を輪に吹きながら八五郎の持つて來るニユースを、心待ちに待つやうになつてゐたのです。
「へツ、こいつを聽いて驚かなかつたら、親分の前だが、あつしは十手捕繩を返上して――」
「どつこい、皆まで言ふな、――番太の株を賣つて、煮賣屋のお勘子を口説くんだらう」
「叶はねエなア、――兎も角、行つて見て下さいよ。ピカピカするやうな良い娘が、錠のおりた藏の中で、虫のやうに殺されてゐるんだ。世の中にはもつたいないことをする獸物もあつたものですね」
「場所はどこだ」
「下谷の山崎町二丁目の呉服屋池田屋萬兵衞の家ですよ」
「場所が惡いな」
「三輪の萬七親分が、お神樂の清吉をつれて來て、嫌がらせな調べを始めたんで、池田屋の旦那が、お願ひだから錢形の親分をつれて來てくれ。あの樣子ぢや三輪の親分は、店中の者を數珠繋ぎにしさうだつて、顫へ上つてゐますよ」
「まさか、そんな事もあるめえ」
 平次は氣が進まない樣子ながら、八五郎にせがまれて、たうとう出かける氣になりました。
「池田屋といふのは、お山の御用を勤めてゐる、分限者ぢやないか」
 道々事件の輪廓を、八五郎に説明させるのです。
「寛永寺御出入りの呉服屋ですよ。主人の萬兵衞は五十過ぎの有徳人で、腰折れの一つも捻る仁體ですが、殺されたのは主人の姪で、娘のやうに育てられたお喜代といふ十九の厄。滅法良い娘ですぜ、もつたいない」
「若くて綺麗な娘が死んだのを、無性にもつたいながるのは、八の前だが物欲しさうで變だよ。同じことでも、可哀想とか何んとか、言ひやうがあるだらう」
「でも、上[#挿絵]粉で拵へて色を差したやうな可愛らしい娘が殺されてゐるのを見ると、あつしは無闇に腹が立ちますよ。このまゝ土に埋めてしまつちや、もつたいないやうな氣がして」
「又始めやがつた」
 そんなことを言ひながら、二人は山崎町二丁目に着きました。
 池田屋の店構へは大したことはありませんが、如何にも内福らしい豪勢さが、急所々々に光つてゐると言つた暮し方で、主人の萬兵衞、手代の吉三郎などが、丁寧に庭木戸を開いて平次を迎へ入れます。
「おや、錢形の親分。また手柄をさらひに來たのかえ」
 縁側に立つてニヤリとしてゐるのは、同じ十手仲間の三輪の萬七で、四十男の逞ましい顏は、鬪爭意識に燃えてをります。
「飛んでもない。閉めきつた藏の中で、若い娘が殺…

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