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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題308 秋祭りの夜
308 あきまつりのよる
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第三十三卷 花吹雪」 同光社
1954(昭和29)年10月15日
初出「読切小説集」1953(昭和28)年11月捕物祭
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-01-16 / 2016-12-09
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 錢形平次は久し振りに田舍祭を見物に出かけました。
 調布街道を入つた狛江村、昔から高麗人の裔が傳へた、秋祭の傅統がその頃まで殘つて居て、江戸では見られぬ異國的な盛大さが觀物だつたのです。
 宿は北見の三五郎、義理堅い良い目明しでした。この邊は伊奈半左衞門の支配で、江戸の眞ん中と違つて、事件は少ないやうです。が、人間と人間の關係がうるさいので、實際斯う言つた顏の良い親分衆でないと、十手捕繩を預つての、キビキビした活動はむづかしかつたのです。
 それは兎も角、平次が着いたのは祭の前日の晝過ぎ。
「まア/\一つ、お濕りをくれてから、宵宮へ繰り出さうぢやないか」
 と、三五郎は呑ませる工夫ばかり、尤も、北見の三五郎、中年者の強かな男ですが、平次には江戸で恩になつたことがあり、折角呼んだのだから、存分に御馳走もして、自分の近頃の威勢も見せてやり度かつたのでせう。
        ×      ×      ×
 五里近い道を歩いて來て、すつかりくたびれたところへ、強ひるほどに呑むほどに、夕方はもう、すつかり虎になつた八五郎は、宵宮の村が賑やかになる頃は、ぐつすり寢込んでしまつて、呼んでも叩いても起きることではありません。
「放つて置かうよ。鼻から提灯を出して居るところを見ると、お祭の夢を見て居るに違げえねえ」
 平次は三五郎とその子分達を促して、宵宮の太鼓の音のする方に出かけました。
 それから二た刻あまり、八五郎は漸く目が覺めました。滅法喉が渇きます。手でも叩かうと思ひましたが、この部屋は母屋から離れて居て、それも少し氣の毒、水差しくらゐは來てゐさうなものと、鎌首をもたげてそつと見廻すと、
「おや?」
 窓の半分を明るくした、秋の夜の月明り、芒の中にしよんぼり女の立つて居るのが、影繪のやうに鮮やかに障子に映つて居るのです。
「江戸の親分樣」
 か細い聲が呼びます。影法師が搖れると、鬢の毛がサラサラと風にほつれて、凄いほど華奢な手が、生垣の杭にもたれるのです。
「俺に用事かえ、脅かしちやいけないぜ」
 八五郎は起ち上がりました。甚だ尾籠な腰つきですが、江戸の親分と呼ばれては、顫へてばかりも居られません。窓を開けると、水のやうな月夜、遠く祭のどよみを聽いて、低い生垣に凭れるやうに、シヨンボリ立つて居る女と顏を合せました。
「お願ひでございます。江戸の親分さん、私は殺されかけて居ります。どうぞ、お助けを――」
 女は月に濡れて、ワナワナと掌を合せるのでした。
「冗談ぢやねえ、俺の方が取り殺されるかと思つたよ。――見たところ、二本の足も滿足に揃つてゐるやうだ。相手が人間の女の子とわかれば、逃げも隱れもするわけぢやねえ。一體俺に、どんな用事があるのだ」
 八五郎も漸く膽がすわりました。膽がすわると同時に、食慾と無駄口の出て來る八五郎です。
「私はこの隣りの酒屋の者です…

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