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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題307 掏られた遺書
307 すられたいしょ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第三十三卷 花吹雪」 同光社
1954(昭和29)年10月15日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1953(昭和28)年12月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-01-13 / 2017-03-04
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 八五郎の取柄は、誰とでも、すぐ友達になれることでした。長んがい顎と、とぼけた話し振りと、そして桁の外れた己惚れが、どんな相手にも、警戒させずに近づけるのです。
 その代り、時には飛んでもない者と、すつかり眤懇になつてゐることがあります。巾着切辰三などもその一人で、相手は御法の網の目をくゞる、雜魚のやうな男。人の懷ろを狙ふのが渡世と言つても、五兩と纒まつた仕事をしたことのないといふ、世にも哀れな存在だつたのです。
 その巾着切の辰三は、江戸の巾着切仲間の一つの名物でもありました。それは巾着切の仕事を、一つの藝と心得て、決して田舍者の懷ろは狙はないといふ一つのフエーアプレーを信じ、兩國の如何はしい見世物の看板を、口を開いて眺めて居る、田舍の人の財布などを狙ふのは、面白くも何んともないばかりでなく、折角稼ぎ溜めて江戸見物に來た人達の、大事な旅費まで盜るのは、いかにも痛々しいといふのです。
 で、辰三のおとくいは、キビキビした江戸つ兒に限りました。それも、氣障なの、贅澤なの、通がつたの、ノラクラ者らしいのを狙つて、煙草入を拔くか、財布をかすめるか、精一杯に二分や一兩の收入が山で、胴卷や紙入を拔いて、死ぬの生きるのと言つた、むごたらしい目に逢はせるのは、巾着切道の極意でないと、辰三は考へて居るのです。
 從つて、巾着切とわかつて居るくせに、辰三は誰にも憎まれることなく、御上の役人からもお目こぼしで、細く長く、その指先の至藝で暮して居りました。多くは富裕な旦那方の煙草入、御内儀の銀簪、二分か三朱の稼ぎに滿足して、萬々一思はぬ大金をすり取つたりすると、大骨を折つてすられた人を搜し出し、要らない分は、窓から投げ返して來るといふ、途方もない潔癖さです。
 屋外泥棒も、十兩以上は打首になつた時代です。巾着切を看板にかけて居るやうな辰三が、何時までも安穩に暮らせたのは、一つは働きの方法が馬鹿々々しく義理堅かつた上に、内々は御用聞の良い顏に喰ひ入つて、諜者を勤め、その方でも調法がられて居る爲でした。
 さて、これで、巾着切の辰公の存在理由はわかつたとして、風采の方は、まことに氣の毒でした。まだ三十五六といふのに、眇目で跛足で、虫喰ひ頭の禿ちよろで、まことに見る影もない男だつたのです。家は元鳥越町の、八幡知らずの路地の奧、全くの獨り者、シミのやうに生きて居る、不思議な存在でした。
 その巾着切の辰三が、向柳原の八五郎の宿へ、ある晩、あわたゞしく飛び込んだことからこの話が始まります。
「親分、八五郎親分。大變なことがありますよ」
 窓の下から聲をかけると、二階の戸が開いて、長んがい顎をのぞかせながら、
「何んだ、騷々しい、辰公ぢやないか」
 などと、八五郎はすつかり良い心持になります。その受け渡しは、八五郎自身と平次の場合そつくり。
「ちよいと降りて下さいな。本當に大變なんだか…

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