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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID55703
副題317 女辻斬
317 おんなつじぎり
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第三十四卷 江戸の夜光石」 同光社
1954(昭和29)年10月25日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1954(昭和29)年2月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-01-26 / 2017-03-04
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「又出ましたよ、親分」
 八五郎は飛び込んで來るのです。
 一月も末、美しく晴れた朝でした。平次はケチな盆栽の梅をいつくしみながら、自分の影法師と話すやうに、のんびりと朝の支度を待つて居たのです。
 プーンと味噌汁の匂ひがして、お勝手では女房のお靜が、香の物をきる音までが、爽やかに親しみ深く響いてゐるのでした。
「何が出たんだ。お化けか、山犬か、それとも――」
「辻斬ですよ、親分。暮からこれで五人目だ。――秋から數へると何人になりますか」
「矢つ張り、辻斬か。憎いな」
 平次はこの意味のない殺戮者を、心から憎む一人だつたのです。
「今朝になつて、新し橋の袂で死骸を見付けましたがね。毎々のことだから、富松町の直吉兄哥とあつしが立會つて、お屆けは濟ませましたが、殺されたのは武家でもあることか、豐島町の酒屋の隱居で、虫も殺さないやうな、太左衞門といふ六十過ぎの年寄だ」
「虐いことをするぢやないか」
「それに憎いぢやありませんか。太左衞門が無盡で取つた五十兩を、人が危ないととめるのも構はず、氣丈な爺仁で、――小判が喰ひ付きやしめえ。――かなんかで、内懷へ入れて持つて歸つたのを、財布ごと死骸から拔いて居るんで」
「それぢや追剥ぢやないか。辻斬よりも尚ほ惡い」
「この樣子ぢや、柳原を通る人がなくなりますよ。名物の惣嫁も、陣を拂つて姿を消してしまひましたぜ」
「御愁傷樣見たいだ。差當り御客筋のお前は淋しからう」
「冗談言つちやいけません。あつしはそんなものを口惜しがつてるわけぢやありませんが、新し橋を渡ると向柳原で、あつしのお膝元でせう。あんなところで辻斬を開帳されちや、あつしばかりでなく、親分の名前にも係はるぢやありませんか」
「おや、ゆすりがましくやつて來やがつたな。柳原の辻斬が、俺にまで祟るとは思はなかつたよ」
 輕口であしらつて居りますが、柳原の辻斬の惡どさには、橋一つ越した明神下に住んでゐる平次も、煮えこぼれるやうな憤懣を感じて居るのです。場所は筋違御門(今の萬世橋)の籾御藏跡あたりから、片側町の柳原を、和泉橋から新し橋を經て、淺草御門前の郡代屋敷あたりまで、かなりの長丁場ですが、昔は恐ろしく淋しいところ。夜鷹と辻斬が名所で、つい先頃までの、櫛比する古着屋などがあるわけもなく、空地と少しばかりの屋敷と豐島町寄りになつて、いくらか町家があつたに過ぎません。
 併し、兩國から本郷神田への要衝で、人通りは引つきりなしにあり、見附と見附に挾まれて、ろくな辻番もなかつたので、辻君と辻斬には、結構な職場であつたに違ひなく、その地勢を利用して、人を斬ること人參牛蒡の如き惡鬼が、秋から春へと跳梁し始めたのです。
 最初は人を斬るのが面白かつたらしく、武家から始まつて町人に及び、暮近くなると、これは少ない例ですが、女子供まで斬られました。江戸の町人達の中には、女や子供が、暗…

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