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草野心平詩集『母岩』
くさのしんぺいししゅう『ぼがん』
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「新編中原中也全集 第四巻 評論・小説」 角川書店
2003(平成15)年11月25日
初出「日本学芸新聞 第二一号」1937(昭和12)年2月10日
入力者村松洋一
校正者noriko saito
公開 / 更新2015-03-29 / 2015-03-01
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


 草野心平君の第三詩集『母岩』が出た。
 草野君の感覚は非常に正確なものである。そして草野君の仕事は何時も感覚第一になされてゐる。このことは、詩の道として、最も健全なことである。彼は、学問にも世間常識にも煩はされてはゐない。自分の感覚を通して這入つて来るものの中に安心立命してゐるのである。従つて、その作品はうまく行つた時もまづく行つた時も、決して読む者をして厭憎を抱かしめることがない。感覚、つまり自然を何よりも大事に守つて居るからである。
 草野君は酒を飲んで酔ふと殆んどそのたびに眠る。酒場であらうと屋台であらうと、その場に眠つてしまふ。それがまた実に自然だ。たゞ眠りに入る一寸前、小さい声で十分か二十分間位呟くくせがあり、その呟きに対して答へると聞きちがへてダダをこねはじめたりすることがあるのは欠点だ。
 草野君の感覚を僕は好きだ。そのピントは実に正確だ。つまり彼は詩人として第一に大事な点に於ては決してころがりつこないのだ。だが、友達として一言忠告させて貰ふなら、その生活ぶりに、時として余りに野放図なものがあるので、謂はば必要以上に衰弱して居る日があつて、そんな日に出来た詩は、あの感覚と同居しにくい抽象概念を招きすぎて、読者を混乱させる場合がある。勿論これは、多かれ少かれ凡ゆる詩人について云へることで、私自身についても云へることである。



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