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近頃芸術の不振を論ず
ちかごろげいじゅつのふしんをろんず
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「新編中原中也全集 第四巻 評論・小説」 角川書店
2003(平成15)年11月25日
入力者村松洋一
校正者noriko saito
公開 / 更新2015-09-27 / 2015-05-25
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 近頃芸術が不振かどうか、それからして既に軽々と決めてかゝることは出来ない。だが作家等が昔日のやうに、楽々と筆を執つてゐないことだけは事実である。そして、さうした事態を脱がれようとするものの如く、後から後から新しい主義主張が簇出しつつあることも事実である。而してそれらの新しい主義主張は、何か新しく云ひたいことが鬱勃とした所から発生してゐるといふよりも、事態の貧窮を救済しようとて案出されるもののやうである。
 かくて、私は思ふに、それら新主義新主張は何の実質的な意義もないであらう。今は却々さうでもないやうに見えるとしても、少しく時が経過してみれば、まこと嗤ふべきことに過ぎないであらう。
 例へば小松清氏によつて、行動主義文学といふのが提唱される。「(前略)吾々は近代生活を唯一の文学的対象とし、そのために先づ吾々自体から旧い文学精神とその方法論を棄てる。新しい造型観念が表現派、野獣派、立体派、超現実派、ピュリズムとなつて生じたやうに、新文学も新しい環境に応じた表現を発見しなければならない」云々。実以て茲には目覚ましい精神があるし、未来派発生当時のアポリネールの態度をでも想ひ出させる底の気慨が見られる。その気持は分る。然るに扨この気慨の下に実際作家達が創作する段取にはどういふことになるであらうか。アポリネールは、新しい気慨を抱いた。而もそれを抱く以前とその作品の実質に於て亳も変りはしなかつた。アポリネールは、前世紀的な最後の人と呼ばれてゐる位だから、此の場合格構な例ではないと思はれるかも知れないが、然らば寧ろ突飛な迄に斬新なピカビヤでもツァラでもブルトンでもアラゴンでもよろしい。彼等の作品を見るに、その制作心理過程に於ては少しも前世紀人と別に変つたものを所持してはゐないし、制作心理過程に於て変らぬものが新しい精神を抱いてゐたとしてもその作品の上では実質的な何の新しい精神をも実現してゐるわけではないのである。後世、彼等の作品が手法を解放したといふ位の事は考へられるであらうが、それ以上のことが考へられようわけはない。読んでみよ。そして読後そのインタレスティングを吟味してみよ。
 今仮りに芸術不振の根本理由を規定してみるならば次の如きものである。即ち、人間直観層の稀薄化。直観といふ精神の実質的動機とも云ふべきものが稀薄となつては、作品も稀薄であらうし又諸々の議論も稀薄にならざるを得まい。之を普通に云へば、感じてゐること浅くして何の言論ぞである。而して直観といふものは人為的に増減可能なものではないから、直観の稀薄は直観の稀薄であり、その稀薄の由来究明は寧ろ科学に属して芸術には属してをらぬ。尠くとも作家には絶対に属してをらぬ。斯かる場合に稀薄にされた直観に気付くことなく、何とか直観濃厚の時節に於けるが如く活々としたいものだと思つて、新しい方法を講じようとして何かと議論すれば…

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