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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題330 江戸の夜光石
330 えどのやこうせき
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第三十四卷 江戸の夜光石」 同光社
1954(昭和29)年10月25日
初出「主婦と生活」1954(昭和29)年1月~3月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-02-14 / 2017-01-20
長さの目安約 62 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分の前だが、江戸といふところは、面白いところですね」
 松もまだ取れないのに、ガラツ八の八五郎はもう、江戸の新聞種を仕入れて來た樣子です。長んがい顎を撫で廻して、小鼻をふくらませて、滿面の得意が、鼻の先にブラ下がつてゐる樣子でした。
「面白いに違げえねえな、お互ひに江戸に生れて江戸に住んで、大した退屈もせずに、また年を一つ取つたぢやないか」
 錢形平次は、近頃、暇で/\仕樣がなかつたのです。勝負事は大嫌ひ。細工や片付け事は生れながら不器用で、御上の御用のない日は、小原庄助さん見たいに朝湯に入つて、酒の代りに番茶を呑んで、氣の減るほど煙草ばかり吸つてゐるのでした。
 たまには黄表紙を出したり、八五郎とヘボ碁も鬪はせますが、何べんも何べんも讀んだ黄表紙が、夢中になるほど面白い筈はなく、八五郎と一局圍んでも、申分なく人間の甘い八五郎に、三番立て投げなどを喰はされては、親分の平次の沽券に拘はるだけのことです。
 女房のお靜も、取つて二十三になつた筈ですが、相變らず若々しくて健康で、一日一杯目立たないやうに、靜かに働いてをります。神田明神下の家庭は、靜謐そのものですが、八五郎が時々やつて來ては、頓狂な調子で事件の匂ひを持込み、錢形平次を、靜から動に、隱者のやうな生活から、大波瀾大活躍の舞臺へと誘ひ込むのです。
「第一、元日から大晦日まで、お祭や催し事のない日はなく、何處かに火事があつて、何處かで喧嘩が始まつて」
「物騷なことを面白がるぢやないか」
「その上、女の子が綺麗で料理がうまい、氣に入らないのは、いつでもこちとらの懷中がピイピイだ」
「落がきまつてゐる。――話は、それつきりか」
「今のは枕を振つただけで、話はこれから始まるんですよ」
「フーム」
「山谷の聖天樣、――むづかしく言へば歡喜天樣、――降魔招福、歡喜自在の御利益があるといふ、大した佛樣だ」
 八五郎の話には、珍らしく筋がありさうです。
「それが?」
「江戸の喉首、吉原への通ひ路、山谷堀へ緒牙船で入らうといふ左手に鎭座まします、江戸城から見るとこれが鬼門に當る」
「そんなことはどうでも宜い」
「宜かアありませんよ。鬼門除けがあつて、裏鬼門の未申になんにも無いといふのは變だ、――といふので、江戸に吉原を開いた、庄司甚内の子孫、庄司三郎兵衞といふ大金持が、目黒のお不動樣の近くに住んでゐるが、先祖の甚内樣にあやかつて、目黒川のほとりに江戸一番の盛り場を押つ開かうと、先づ自分の屋敷の中に、歡喜天を勸進し、この正月の十五日には、開眼供養とかのお祭があるんださうで、嬉しいぢやありませんか」
「何んにも嬉しいことはないぢやないか、盛り場が増えるのは、女房共の惱みの種だ」
「へツ、女房共の惱みは嬉しいね」
 八五郎はチラリとお靜の顏を見て、龜の子のやうに首を縮めました。
「たつたそれだけのことで、お前は江戸が面…

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