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恩師
おんし
作品ID55806
著者佐々木 邦
文字遣い新字新仮名
底本 「佐々木邦全集 補巻5 王将連盟 短篇」 講談社
1975(昭和50)年12月20日
初出「現代」1926(大正15)年4月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者POKEPEEK2011
公開 / 更新2015-09-11 / 2020-05-10
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私が入学した頃の卒業生はビリコケでも羽が生えて飛んだ。多少成績が好いと引っ張り凧の形だった。首席で出た従兄の如きは口があり過ぎて選択に迷った。
「兎に角面会丈けはしてやらないと推薦者の感情を害するからね」
 と言った調子で、頼むよりは断るのに骨を折ったものである。
 然るにその翌年からソロ/\売れ口が悪くなった。続いて年々余るという噂を耳にしたが、此方の卒業までには未だ間があるから、川向うの火事ぐらいに考えていた。
「心配することはない。これから三年の中には持ち直す。統計からいっても不景気は然う長く続くものじゃない」
 と本科になった頃も高を括っていたところが、然うは問屋で卸さなかった。不景気はその後年毎に悪化して、此年はそのドン底だという。昨今はもう他ごとでない。
「三菱が唯七人とはひどい」
 と一人が溜息をつけば、
「それへ五十人も押しかけるんだから下積みは迚も見込がない」
 ともう一人が弱音を吐く。卒業が来月に迫っても、私達は一向はずまない。落第の心配のある奴は兎に角、相応成績の好いものが浮かぬ顔をしている。
「去年の人が約半分残っているから、此年は十番以内でなければテンデ問題にしないそうだ。下手に卒業するよりも、もう一年居残ってやり直す方が宜いぜ」
 とさえ言うものがあった。前代未聞の不景気の而もそのドン底に卒業するとは、私達も余程廻り合せが悪い。
 私一個としてはもう半ば諦めていた。というのは、私にはこれでも自分を見る明がある。種々の機会から自己の研究をやっている。凡そ運のないことにかけては、自慢ではないが、未だ私以上のものを発見しない。自分一人いけないのみならず、他の運を悪くする力まで持っている。野球の対校仕合でも、私が応援に行くと屹度此方が負ける。斯ういう人間が大勢と競争して勝てるものでない。この故に或日浜口君が学校の掲示板を見上げながら、
「兎に角申込もうじゃないか? この辺なら何とかならないこともあるまいぜ」
 と相談をかけた時も、
「さあ。もう大勢行っているんだろう」
 と私は煮え切らなかった。
「然う諦めていちゃ駄目だよ。当って砕けるさ。僕が序に申込んでやる」
 と浜口君は親友丈けに私の心持を呑み込んでいてくれた。
「不二商事ってのは大きいのかい?」
 と私は浜口君が庶務課から戻って来るのを待っていて尋ねた。会社の信用程度も分らずに申込むのだから慌てゝいる。尤も択り食いをしていたら永久に有りつけない。
「二流だろうね。大阪だぜ」
「大阪でも宜いが、何人取る?」
「五人取る」
「それは有望だ」
「しかし高畠さんがいなくて要領を得なかった。この次の時間に又行って見よう」
「おや/\、不二商事が来ているじゃないか?」
 とそこへ矢張り同級の沢井君が歩み寄った。
「好いのかい、こゝは?」
 と浜口君は参考の為めに訊いて見た。
「好いとも。申込…

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