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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題239 群盗
239 ぐんとう
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第三十五卷 花嫁の幻想」 同光社
1954(昭和29)年11月15日
初出「サンデー毎日」1950(昭和25)年9月3日号~17日号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-06-29 / 2017-04-03
長さの目安約 54 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、ありや何んです」
 觀音樣にお詣りした歸り、雷門へ出ると、人混みの中に大變な騷ぎが始まつてをりました。眼の早い八五郎は、早くもそれを見つけて、尻を端折りかけるのです。
「待ちなよ、八。喧嘩か泥棒か喰ひ逃げか、それとも敵討ちか、見當もつかねえうちに飛び込んぢや、恥を掻くぜ」
 平次は若駒のやうにはやりきつた八五郎を押へて、兎も角にも群衆をかきわけました。
「はいよ、御免よ」
 などと、八五郎は聲を張りますが、場所が場所なり日和もよし、物好きでハチきれさうになつてゐる江戸の彌次馬は、事件を十重二十重に圍んで、八五郎の蠻聲でも道を開いてはくれません。
 その間に誰が氣がついたものか、
「錢形の親分だよ、道を開けなきや――」
 などと言ふものがあり、やがて道は眞二つに割れます。
 群衆の中に、居竦んだのは二人の若い男女、男の方は三十前後の町人風で、女の方は十八九の旅姿の娘、これは非凡の美しさですが、何處か怪我をした樣子で、身動きもならず崩折れてゐましたが、それを介抱してゐる男の方も、額口を割られて、潮時のせゐか、鮮血が顏半分を染めて居ります。
「どうしたんだえ、これは?」
 平次は、兄妹とも夫婦とも見える、この二人の前に突つ立ちました。
「へエ」
「怪我をしてゐるぢやないか」
「危なく返討ちになるところでした――、親分さんが、お出で下さらなきや」
 若い男は、血だらけの顏を振り仰ぐのです。
 色白で少しのつぺりして居りますが、なか/\の好い男です。縞物の地味な袷、小風呂敷包みを、左の手首に潜らせて、端折つた裾から、草色の股引が薄汚れた足袋と一緒に見えるのも、ひどく手堅い感じでした。
「返討ちは穩やかぢやないな、――一體どうしたといふのだ。いや、此處ぢや人立がして叶はない。八、その通の茶店の奧を借りるんだ、お前は娘さんを――」
 平次は眼顏で八五郎に合圖すると、直ぐ傍の茶店の奧へ若い男をつれ込みました。
 その後から、旅姿の娘に肩を貸して、同じ茶店の奧へ入つて來る、八五郎の甘酢ぱい顏といふものは――。
 何しろ娘の可愛らしさは非凡でした。旅姿も舞臺へ出て來た名ある娘形のやうで、汗にも埃にも塗れず、芳粉として青春が匂ふのです。
「先づ、その傷の手當てをするがいゝ」
 奧へ入つた平次は、若い男の右小鬢の傷を、茶店で出してくれた燒酎で洗つて、たしなみの膏藥をつけ、ザツと晒木綿を卷いてやりました。打ちどころが惡くて、ひどく血は出ましたが、幸ひ大した傷ではなく、かうして置けば四五日で治りさうにも見えます。
「まア/\こんなことで濟んでよかつたよ。ところで、深いわけがありさうだが、それを聽かして貰はうか」
「有難うございます。錢形の親分さんださうで、飛んだところで、良い方にお目にかゝりました」
「敵討ちが望みなら、強さうな武者修行か何んかに助けて貰う方がよかつたかも…

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